最新記事

シリア情勢

「シリア革命」発祥の地の報道されない惨状と、越境攻撃するイスラエルの狙い

2018年7月19日(木)19時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

越境攻撃を頻発化させるイスラエルの狙い

シリア軍の勝利を陰で支えた国がもう一つあった。イスラエルだ。

イスラエルは南西部でのシリア政府の支配回復に最後まで難色を示していた。その理由は、人道的な立場からシリア軍の攻撃を憂慮していたからではない。シリア政府の勢力伸長が「イランの部隊」の南西部への浸透を伴うことに脅威を抱いていたためだ。

「イランの部隊」とは、シリア政府側が「同盟部隊」(あるいは「同盟者部隊」)と呼ぶ勢力で、イラン・イスラーム革命防衛隊(そしてその精鋭部隊であるゴドス軍団)、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人の民兵組織ファーティミーユーン旅団、パキスタン人の民兵組織ザイナビーユーン旅団などを指す。「シーア派民兵」と称されることもある。

aoyama6.png

「イランの部隊」を含む民兵のエンブレム(出所: FSA News, November 2, 2016)


南西部が緊張緩和地帯に指定されると、イスラエルは、ゴラン高原から40キロ以内の地域に「安全ベルト」を設置し、同地から「イランの部隊」を排除するべきだと主張するようになった。同時に、シリア領内に点在する「イランの部隊」の拠点(とされる施設)への爆撃やミサイル攻撃を繰り返した。イランの無人航空機の強行偵察に端を発するタイフール航空基地(T4航空基地、ヒムス県)への爆撃(2018年2月10日)、イラン・イスラーム革命防衛隊によるゴラン高原砲撃への報復としてのダマスカス郊外県各所への爆撃(5月10日)は記憶に新しい(拙稿「シリアへの越境攻撃を再び頻発化させるイスラエルの狙いとは?」Yahoo! New Japan個人を参照)。

イスラエルにとって、シリア政府による南西部奪還は「イランの部隊」の脅威が軽減するか、脅威に対抗するためのフリーハンドを得ることなくしては認めることなどできなかった。イスラエルが「安全ベルト」だけでなく、シリア全土からのイランの撤退さえも主張したのはそのためだった。

こうしたイスラエルの懸念を払拭しようとしたのが、他ならぬロシアだった。モスクワで7月11日に行われたベンジャミン・ネタニヤフ首相との会談で、ヴラジミール・プーチン大統領は、シリア領内での「イランの部隊」を主たる標的としたイスラエルの軍事作戦を(今後も)黙認するとともに、ゴラン高原に設定されている兵力引き離し地帯(1974年に設置)の維持を確約した。ネタニヤフ首相は、これに応えるかたちで南西部でのシリア軍の攻勢に青信号を出したのだ。

なお、ロシアは、この取引と並行して、イラン、ヨルダンと「白紙合意」と称される合意を交わしたとされる。その内容は「安全ベルト」(兵力引き離し地帯から45キロ以内の地域)からイランが撤退することの見返りとして、米軍もタンフ国境通行所から撤退するというものだ。

こうした取引や合意を通じて、ロシア、そしてシリア政府やイランは、イスラエルに譲歩したようにも見える。だが、「イランの部隊」とは捉えどころのない曖昧な存在で、その撤退の有無を確認するなどそもそもできない。言い換えると、撤退合意がなされたとしても、イスラエルと米国はイランの脅威を主張し続けられるし、シリアとイランは、その存在をちらつかせて心理戦を挑むことができるのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中