トランプの仕掛けた貿易戦争、米国内に生まれる「勝ち組と負け組」
次に考えたのは、こんなことだった。「農場を守らなくては」
有権者の約7割がトランプ氏を支持したこの地域では、プリゲルさんら農業者は、自分たちが栽培する作物が、米国に報復しようとする国からの格好の標的になることを知っている。また、輸入鉄鋼・アルミ製品への関税が、工場再開に動く新たなオーナーたちを呼びよせていることも知っている。工場は長年、農業者の隣人たちの住宅ローンやトラックのローン、生活費を支えてきた。
キャシー・ブラウンさんは、ノランダ精錬所で30年働いた。彼女は、新しく「マグニチュード7メタルズ」という名前に変わった精錬所に3月に戻り、1人しかいない人事担当者として働いている。彼女の電話は鳴りっぱなしだ。
工場が再開するって本当ですか。
私の申込書は届いていますか。
前の会社時代のインボイスでまだ引き出しがいっぱいの埃っぽい机の上に置かれた電話で、彼女が留守番電話を確認すると、またしてもメッセージで満杯になっていた。
電話してくる人の多くは、かつて工場で働いていた従業員だ。ブラウンさんが折り返し電話をかけると、泣き出してしまう人もいる。
工場の新たなオーナーは、ひとまず465人を雇用する考えだ。
その倍以上の人が、職を求めて申し込んできている。
<聖人の加護>
給料の良い工場をこのミズーリ州の片隅に誘致しようということ自体が高い目標設定だったように、精錬所の再開は高望みだったと、地元住民は言う。
1969年に建てられたとき、住民は工場用地に「忘れられた聖人」の名前をつけ、「聖ユダ工業団地」と呼んだ。
従業員は、長年にわたるアルミ価格の下落やストライキ、不況や電気事業者との対立を乗り切った。会社側は、シフトを削減したり、従業員を解雇しては再雇用したりするなどして対応していたと、従業員は言う。
だが工場は2016年前半、大打撃となる出来事が重なって閉鎖に追い込まれた。世界のアルミ価格が下落したところに、ニューヨークのプライベートエクイティ(PE)ファンドが借入金10億ドル(約1110億円)でレバレッジドバイアウト(LBO)を仕掛けてきた。さらに、鋳造所が爆発で使用不能になり、停電で生産ラインのうち2つが停止させられた。
従業員約1000人が、ほかに仕事を探さなければならなくなり、大幅に低い賃金を受け入れなければいけないことも多かったと、農業者でもあるニューマドリード郡のマーク・ベーカー郡政委員は振り返る。
「家を失った人もいた。離婚した人もいた」と、ニューマドリード市のディック・ボディ市長は言う。
地元の警察や救急車の予算が削られた。郡の予算は2年間赤字編成となったと、ベーカー氏は言う。