ロシアW杯をプロパガンダに利用するプーチン
ソチ五輪の時とは違う
ボルゴグラードでは昨年11月、ISISに触発された襲撃事件が発生し、警官2人が入院するほどの刺し傷を負った。同市ではイングランド、ナイジェリア、サウジアラビア、日本などの試合が予定されている。また4年前にはイスラム系武装勢力2人による自爆テロで34人が犠牲になった。犯行を主導した武装組織「カフカス首長国」は消滅したが、その残党は今もISISに忠誠を誓っている。
ロシア政府はこのような脅威に備えてテロ対策を強化してきた。FSBのアレクサンドル・ボルトニコフ長官によると、今年1~4月だけでテロの準備をしていたと疑われる189人を検挙した。化学薬品など危険物質を扱う工場の一部は大会期間中の休業を命じられている。
ソチ五輪でテロを封じ込めたのだから今度も大丈夫だと、治安当局は言う。だが当時と今では決定的な違いがある。「ソチ五輪の頃はまだISISがロシア国内で活動していなかった」と、シュベドフは言う。「残念ながら今は、特に北カフカスで極めて活動的になっている」
プラハ国際関係研究所のマーク・ガレオッティは、五輪に比べてW杯では潜在的な標的が格段に多いと指摘する。「ソチの会場は狭い範囲に集まっていたが、W杯の会場は全国に散らばっている。競技場近くのバス停を狙っても大事件になる」
W杯を自己主張の場にしようとする存在はテロリストに限らない。ロシア国内の反体制派も、この機会に世界の注目を集めようとしている。反政府勢力への弾圧や露骨な人権侵害を、世界に訴えたいからだ。
ロシア政府はそうした反体制派のもくろみを恐れているようだ。外国のマスコミの前でデモを発生させないため、ロシア当局は試合が開催される都市での抗議行動を7月25日まで禁止した。また反政府派の訴えが表に出ないように、できる限りの手を尽くしている。
例えば反体制派の指導者アレクセイ・ナワリヌイは5月15日にデモ関連の微罪で逮捕され、1カ月も拘留された。汚職問題を追及する2人の仲間も5月後半に身柄を拘束された。彼らの罪状は、デモについてツイートしたことだった。
「ワールドカップは、プーチン大統領の永遠なる治安帝国の祝典になるだろう」と言うのは、反プーチン派の女性パンクバンド「プッシー・ライオット」のマリア・アリョーヒナだ。「観客たちは、デモの参加者が殴られ、刑務所や警察署で拷問され、政治犯がとても多い国にいることを認識してほしい」
ウクライナの映画監督オレグ・センツォフはそうした政治犯の1人。テロを計画した容疑で15年に軍事裁判で懲役20年の実刑判決を受けたが、センツォフに言わせれば、それは彼がロシアによるクリミア併合に抗議したことへの報復だ。
検察は、センツォフと共同被告のアレクサンドル・コルチェンコが与党・統一ロシアのクリミア支部と共産党事務所の入り口に何度も放火したと告発した。2人とも無罪を主張しており、反政府派は容疑を裏付ける証拠が薄弱だと主張している。