歴史で読み解く米朝交渉──神戸、金沢での経験を経て
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<24年前、関西の一県警が北朝鮮への不正送金を摘発。県警担当の新聞記者だった当時は分からなかった意味合いも、国際情勢を俯瞰すれば見えてくる。6月12日の米朝首脳会談に対しても、コンテクスト(文脈)を見失わないことが大切だ>
<北朝鮮に不正送金した疑い 神戸の会社捜索>
兵庫県警防犯課と外事課は19日、海産物輸入に絡んで朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に送金する際、大蔵大臣に正規の報告を行わなかったとして、外為法違反(報告義務違反)容疑で神戸市中央区××××、貿易会社「×××貿易(××××代表)など13カ所を捜索した。
調べでは、同社は昨年6月7日、海産物輸入に絡んだ貿易決済の際、北朝鮮の貿易会社「××××貿易商社」が神戸市内に開設した非居住者外貨預金口座に、正規の報告を行わずに、約11万米ドル(1240万円)を振り込んだ疑い。
同課は、同社がこれ以外にも北朝鮮に不正に送金をしていた、とみている。
<1994年4月19日付毎日新聞夕刊>
今から24年前、私が毎日新聞神戸支局の兵庫県警担当記者をしているときに書いた記事です(伏せ字は元の記事では実名)。
持ち場替えで県警担当になったばかりで右も左も分からない中、他社はほぼ全社が事前に捜査情報を察知していたのに自分だけが特オチ(1社だけが事前情報を全く知らず、後れを取る記者にとって恐怖の状態です)になり、キャップやデスクに怒られた......という苦い記憶が呼び起こされる事件なのですが、後追いで取材を始めた私は当時、「なんで兵庫県警が北朝鮮の、しかも外為事件?」という疑問を持ちました。
県警の防犯課は主に風俗事件を取り締まる部署(後に、生活安全課に改称)で、外国への経済制裁の一翼を担う外為事件を手がけるのはかなり意外な感じがしたからです。
しかも、相手は北朝鮮。日本人拉致問題が明らかになるのはこの数年後で、当時は「日本と国交がなく、貧しくベールに閉ざされた国」という印象しかありません。その国への資金供給を、あえて関西の一県警がなぜ取り締まるのか。
「上が北朝鮮がらみの事件をやれ、言うとんのや」
夜回り先(警察官など取材対象の家に夜アポイントなしで押しかける取材手法です)で質問した私に、防犯課の幹部はこんな風に答えてくれました。「上」が県警のさらなる幹部を指すのか、さらにその上の警察庁を指すのか、あるいはその両方なのかは分かりません。
「大した事件やないよ」
この幹部はそうも言っていました。新しく担当になったばかりの私が右往左往するのを哀れに思ったのかは定かでありませんが、やりたくもない事件をやらされている、というニュアンスを感じました。
当時ははっきり意識していませんでしたが、いまとなってみれば、なぜこの事件が摘発されたのかは分かります。
核を切り札にアメリカと交渉しようとしていた北朝鮮は92年、IAEA(国際原子力機関)による査察をいったんは受け入れると表明しましたが、翌93年に突然、追加査察を拒否。全国に準戦時体制を布告し、核拡散防止条約(NPT)からも脱退する、と脅していました。
原子炉から使用済み核燃料の取り外しを始めるのは、兵庫県警が事件を摘発した翌月の94年5月。核弾頭を製造するためのプルトニウム抽出まで秒読みの段階になりました。アメリカが北朝鮮の核施設攻撃を真剣に検討する第1次核危機です。
非核化に応じようとしない北朝鮮に対する国際社会の圧力に、できるだけ日本も協力する。兵庫県警の事件は、そんなストーリーの一部分だったように思えます。
事件を検挙して誇らしいはずの防犯課幹部がなんとも微妙な顔をしていたのは、事件捜査の「音頭」を本当に取っているのは自分たちでなく、記事に控えめに担当課として名前が付け加えられた外事課だったから、かもしれません。
<歩み寄りと武力行使の危機が繰り返された、米朝交渉30年の歴史から見える「未来」――。本誌6/19号(6月12日発売)は「米朝会談 失敗の歴史」特集です。3度も戦争の瀬戸際に立った米朝の交渉から首脳会談の行方を読み解き、北朝鮮が制裁を受けながら核開発を続けられた理由を制裁担当者が語る。そもそも核の抑止力は本当に有効なのか、インドの経験も紐解きます>