最新記事

米朝会談 失敗の歴史

歴史で読み解く米朝交渉──神戸、金沢での経験を経て

2018年6月11日(月)16時58分
長岡義博(本誌編集長)

北朝鮮当局者が金沢で投資を呼びかけた意味

その後、石川県の支局に異動して企業を担当していた私は、再び北朝鮮と巡り合うことになります。96年のことだったと思うのですが、金沢商工会議所にある経済記者クラブに突然、北朝鮮からの代表団がやってきて羅津・先鋒自由経済貿易地帯への投資を呼びかけたのです。

会見したのは、金日成(キム・イルソン)バッジを胸に付け、揃いの紺のスーツを着てロボットのように機械的な動きをする北朝鮮当局者2人。石川県の経済界はロシア沿海地方、中国東北部、韓国、北朝鮮、日本の日本海側で経済発展を目指す「環日本海経済圏構想」を推していたとはいえ、なぜ北朝鮮が石川に?と疑問に思いました。

当時は94年に第1次核危機がジミー・カーター元米大統領と金日成主席の会談で回避され、黒鉛減速炉の稼働を停止する代わりに軽水炉建設と重油提供を受ける米朝枠組み合意が結ばれた後。米朝歩み寄りの時代でした。

楽観論を背景に、中国の改革開放にならって外国投資を経済特区に呼び込む動きが北朝鮮で活発化しており、突然の北朝鮮代表団の石川県訪問はその一環だったのです。しかし、石川県の企業が北朝鮮に進出したとは聞かないまま、国連制裁が始まって投資どころではなくなりました。

98年8月には、北朝鮮がテポドン1号を日本海に向けて発射。1段目が日本海に落ちたと伝えられたため、金沢の民放テレビ局の記者が「今から輪島に行ってくる!」と慌てて石川県庁の記者クラブを飛び出して行きました。

実際に1段目が落ちたのは北朝鮮沖180キロで、日本海の先端に位置する輪島市からでも到底見えない場所なのですが、「見えなかった」「怖い」という沿岸住民の証言映像がきっとテレビ的には必要だったのでしょう。

北朝鮮がテポドン発射に踏み切ったのは、米朝枠組み合意で約束されたはずの軽水炉建設が遅々として進まないことへの苛立ちからでした。

その後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領による「悪の枢軸」発言で両国関係は悪化。危機回避のための6者協議が03年に始まりましたが、話し合いはこう着状態に陥り、金正恩(キム・ジョンウン)に代替わりした北朝鮮はその後、核実験とミサイル発射実験にのめり込んでいきます。

magSR180611-chart.jpg

ニューズウィーク日本版6/19号「米朝会談 失敗の歴史」より

北朝鮮にもアメリカにも不変の行動原理がある

ニュースの最前線にいると、あまりに取材対象に近すぎるために事件や問題の全体像が見えなくなることがよくあります。北朝鮮の核・ミサイル問題はその典型で、それぞれ大きなニュースであるがゆえに全体のコンテクスト(文脈)の中でどんな意味合いがあり、何を示唆しているのかを見失いがちです。

30年以上続いた核をめぐる米朝交渉の本質を理解する近道は、歴史を俯瞰的に見ること。第1次から第3次までの核危機を「鳥の目」で見れば、北朝鮮とアメリカに変わらないいくつかの行動原理があることが分かります。

本誌6月19日号(6月12日発売)「米朝会談 失敗の歴史」特集では、金正男(キム・ジョンナム)インタビューのスクープで知られ、米朝交渉を長年取材してきた五味洋治・東京新聞論説委員が「不信と裏切りの米朝交渉30年史」を寄稿。北朝鮮とアメリカの変わらない行動原理について、交渉の歴史を踏まえながら詳細に分析しました。

また厳しい国際包囲網の中、なぜ北朝鮮が核・ミサイル開発を続けることができたのか。経済制裁の有効性について古川勝久・国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員のインタビューも掲載しています。

6月12日の会談だけで「非核化・改革開放」という結論に達するのは、ドナルド・トランプ米大統領自身も認めているように不可能でしょう。

今回の交渉のポイントはアメリカの大統領が北朝鮮ばりの瀬戸際戦術を厭わない人物で、米朝首脳の「役割」がこれまでと反対になる可能性があること。ただし、過去30年間の米朝それぞれの行動原理は今回も変わらないはずです。

であれば、終戦宣言・平和宣言と核・ミサイル凍結、そして体制保証の議論の入り口に立つ、あるいは大枠で合意するのが精一杯。北朝鮮の完全非核化も「第2の改革開放」の実現も、相当長い道のりになることは間違いありません。

シンガポールに着いたトランプは金正恩が真剣か「1分で分かる」と不気味なコメントをしていますが......。


180619cover-150.jpg<歩み寄りと武力行使の危機が繰り返された、米朝交渉30年の歴史から見える「未来」――。本誌6/19号(6月12日発売)は「米朝会談 失敗の歴史」特集です。3度も戦争の瀬戸際に立った米朝の交渉から首脳会談の行方を読み解き、北朝鮮が制裁を受けながら核開発を続けられた理由を制裁担当者が語る。そもそも核の抑止力は本当に有効なのか、インドの経験も紐解きます>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中