最新記事

米朝首脳会談

米朝「核合意」の必要十分条件とは

2018年6月7日(木)15時45分
小谷哲男(明海大学外国語学部准教授・日本国際問題研究所主任研究員)

対話継続のポイントは

北朝鮮は4月20日にICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験の停止と核実験の停止、そして北部の核実験場の閉鎖を発表し、5月24日には実際に海外メディアを招いて豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破した。北朝鮮はこれらの措置についてもアメリカからの見返りを期待していたが、米側は応じなかった。

米側は実験場が既に使えない状態にあった可能性を指摘し、また当初実験場の閉鎖に報道陣に加えて専門家を招くとしていたにもかかわらず、実際には北朝鮮が専門家を招かず検証可能な形で行わなかったことに不信を強めた。

トランプが会談中止を発表したのは5月24日であったが、その数日前にシンガポールで予定されていた実務者協議に北朝鮮側が現れず、アメリカ側の不信感がさらに増し、会談の延期が検討されるようになっていた。

しかし、米朝とも首脳会談を行うことにはそれぞれ利益を見いだしている。アメリカにとっては、非核化に成功すれば大きな成果になるし、そうでなくても北朝鮮の真意を見定める機会となる。

筆者がトランプ政権関係者に取材したところによれば、トランプが会談をキャンセルしたのも、実際は会談を実現するための駆け引きの一環だったという。キャンセルを通告した結果、北朝鮮がどう出てくるかはいちかばちかのギャンブルであったというが、金正恩宛ての公開書簡にも、会談を実現したいとの強い意向が表れていた。

結果として北朝鮮側が歩み寄る態度を見せ始めたが、北朝鮮にとっても、取引可能なトランプの登場は千載一遇のチャンスである。米大統領と対等な立場で会うだけで、北朝鮮の指導者の国際的な地位が強まる。さらに体制保証を確実なものにできれば、三代にわたる金一族の悲願が達成されることになる。

これが、トランプが会談中止を表明してもなお、両者が会談実現に向けた事前調整を続けている理由だ。今後の展開については、現時点で予想することは困難である。会談は予定どおり6月12日に行われる見通しだが、延長または延期される可能性もある。また、1度では終わらず、2度、3度行われるかもしれない。もちろん、途中で会談が決裂する可能性も、排除はできない。トランプは、6月12日には何も署名しないと述べている。

果たして、米朝の対話が続くなかで非核化は達成されるのか。現時点では、非核化よりも、朝鮮戦争の終結に向けた動きが先に進む可能性が高い。確かなことは、米朝双方が譲歩をしなければ非核化に関する合意は結べないということだ。アメリカが求める非核化、そして北朝鮮が求める体制保証、それぞれのプロセスは複雑で時間もかかる。

両者が最初の会談後も引き続き対話の意思を維持していけるかどうかは、まずは目に見える形で両者が満足できる短期的な成果を生み出せるかどうかに懸かっている。


本誌2018年6月12日号[最新号]掲載

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中