米朝「核合意」の必要十分条件とは
両者で違う「リビア方式」
このように、両者の非核化に対する考え方は180度近く異なっている。果たしてこの溝を首脳会談までに狭め、トップ同士が何らかの形で合意できるところまで行くのであろうか。アメリカ側の考えるCVIDは、北朝鮮が反発したためトランプ大統領が一旦は否定した「リビア方式」を基に行うことになるであろう。
ただし、「リビア方式」の画一的な定義というのは存在しない。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)と北朝鮮、そしてトランプは、それぞれ異なる「リビア方式」に言及しているのである。
リビアのテロ活動に対してアメリカが科していた経済制裁を緩和させ、国際社会に復帰することを目指したカダフィ政権は03年、ブッシュ政権下のアメリカとイギリスに大量破壊兵器計画を破棄する意思を伝達。9カ月にわたる秘密交渉を経てIAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れ、04年に入って米軍がリビアの核開発データや資材、濃縮ウランなどをリビア国外に空輸するなど非核化作業が実行された。
リビアは生物・化学兵器、長距離ミサイルの破棄にも応じ、これと引き換えに、アメリカはリビアとの国交正常化と制裁解除を行った。これが、ボルトンの言う「リビア方式」である。ボルトンは当時、軍縮担当の国務次官として一連のプロセスに深く関与していた。
他方で、北朝鮮が見るところの「リビア方式」はこれとは異なる。11年、リビアでは「アラブの春」のあおりを受けて民主化運動が高まった。カダフィ政権が平和的に民主化を求めていた市民のデモを武力で弾圧すると、オバマ政権は国連安保理で人道的介入を可能とする決議案を主導し、NATO軍がリビア軍に対する空爆を開始。同10月には欧米の支援を受けた反政府武装勢力がリビアを制圧し、ムアマル・カダフィ大佐は殺害された。これが、北朝鮮の頭にある「リビア方式」の結末だ。
北朝鮮は、カダフィ政権が核開発を放棄したことがNATO軍の介入を招いたとの教訓を引き出し、カダフィ政権の二の舞いを避けるためにも核武装は必要と、自らの核開発を正当化している。ブッシュ政権がリビアと国交正常化したにもかかわらず、オバマ政権になって内戦に介入したため、北朝鮮はアメリカの政策の一貫性にも強い猜疑心を持っていると考えられる。
米朝首脳会談開催をめぐる迷走は、以上のような非核化と体制保証に対する考え方の違いに加えて、根深い相互不信も大きな原因である。
そもそも米朝間に信頼関係がないことに加えて、5月半ばからは不信感をあおる出来事が相次いだ。5月16日、米韓の合同軍事演習「マックス・サンダー」に反発した北朝鮮が態度を硬化させた。北朝鮮からすれば、3月に「例年どおり」の米韓合同演習の実施に理解を示したにもかかわらず、前年まで投入されてこなかった最新鋭のF22ステルス戦闘機と核搭載可能なB52戦略爆撃機が投入されることが米韓による挑発に見えたからだ(B52は実際には投入されなかった)。
一方の米側は、北朝鮮が「マックス・サンダー」に反発した背景に中国の存在を感じ取った。3月下旬の中朝首脳会談は事前にアメリカ側に知らされていたが、5月初めの中朝会談については知らされていなかったからだ。