世界はウィルソンが提唱した方向に向かっている──アメリカン・ナショナリズムの反撃(3)
むすび
ウィルソン主義は道義的関心が強く作用するため、予測可能性が低く、さらに二重基準の問題もはらむため、国際関係に不要な不安定要素を持ち込む。そうであるがゆえに国家は、各々の国益に基づいて行動する方が、国際社会全体の予測可能性を高め、国際体系それ自体が安定する。ウィルソン主義に対するリアリズムの側からの典型的批判だ。現にウィルソン主義に対しては、常にリアリストの側から厳しい批判が寄せられてきた。しかし、ウィルソン以降の国際社会を眺めてみると、現実には緩やかに、しかしはっきりと、ウィルソンが提唱した世界の方向に向かって弧を描いているともいえる。その中心に常にアメリカがいたわけではないが、アメリカは常に重要な役割をはたしてきた。戦後のアメリカはその力と理念で、リベラル・インターナショナル・オーダーを支え、拡張させてきた。
しかし、いまウィルソン主義に対して向けられている批判は、リアリストからのものではない。それは、アメリカを外の世界から遮断しようとするアメリカン・ナショナリズムからの批判だ。アメリカン・ナショナリズムは、もはやアメリカを例外的な存在とはみなさない。それは、内在的な傾向として常にアメリカン・インターナショナリズムと表裏一体で存在してきた傾向でもある。それは、アメリカのハートランドに住む人々が、「ワールド・オーダー・ビジネス」に感じる違和感であり、孤立主義と呼ぶほどはっきりした傾向でもないが、国際社会に対する違和感と不信感に特徴づけられる。しかし、これまではそれは最終的には退けられる抵抗勢力でしかなかった。しかし、トランプ大統領は、アメリカン・ナショナリズムの旗を掲げて、ホワイトハウスに乗り込み、例外主義の言説を支えてきたウィルソンの亡霊を追い払おうとしている。
アメリカン・ナショナリズムが、どれほど根深い現象なのか。それはアメリカ外交のかたちをまったく変えてしまうのか。その点については、慎重な検討が必要だろう。いまのところ、トランプ外交は、ミードが評するように、ジャクソニアンの外形をかろうじてとどめているようにも見える。それは、トランプ外交チームの「大人たち(マティス、マクマスター、ティーラソン)」が、トランプ外交をぎりぎりのところでトランプ大統領から救い出しているからだろう(20)。しかし、仮にトランプ外交を突き動かしているものが、デイヴィソニアン的な衝動だとしたら、それはもう明らかにアメリカだけの問題ではなくなる。
[注]
(20)拙稿「トランプ外交の一年:最悪事態は回避できたが...」SPFアメリカ現状モニター(二〇一八年二月六日)
中山俊宏(Toshihiro Nakayama)
1967年生まれ。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了。博士(国際政治学)。津田塾大学国際関係学科准教授、青山学院大学国際政治経済学部教授を経て、現職。専門は、アメリカ政治・外交。著書に『アメリカン・イデオロギー―保守主義運動と政治的分断』『介入するアメリカ―理念国家の世界観』(ともに勁草書房)などがある。
『アステイオン88』
特集「リベラルな国際秩序の終わり?」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス