最新記事

アメリカ

世界はウィルソンが提唱した方向に向かっている──アメリカン・ナショナリズムの反撃(3)

2018年6月15日(金)17時25分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

ウッドロー・ウィルソン第28代米大統領(左)は1917年、アメリカを心地よい繭の中から外に引きずり出し、世界をつくりかえると事実上宣言した(1913年撮影) Library of Congress/Handout via REUTERS


<論壇誌「アステイオン」88号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月28日発行)は、「リベラルな国際秩序の終わり?」特集。リベラルな国際秩序の終わりが語られている最大の理由は「トランプ米大統領がリベラルな国際秩序の中核となる重要な規範を軽視して、侮辱しているから」だが、「トランプ大統領がホワイトハウスから去った後も、リベラルな国際秩序の衰退は続くであろう」と、特集の巻頭言に細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授は書く。
 アメリカ外交を構成する4つの主要な潮流とは何か。先の米朝首脳会談でも世界の耳目を集めたドナルド・トランプ米大統領の外交を、どうとらえるべきか。中山俊宏・慶應義塾大学総合政策学部教授による同特集の論考「アメリカン・ナショナリズムの反撃――トランプ時代のウィルソン主義」を、3回に分けて全文転載する>

※第1回:トランプ外交はミードの4類型に収まりきらない──アメリカン・ナショナリズムの反撃(1)
※第2回:普通の大国として振舞うトランプ外交誕生の文脈──アメリカン・ナショナリズムの反撃(2)

アメリカにおいて、「パトリオティズム」が肯定的な文脈で語られることが多いのに対し、「ナショナリズム」は否定的な文脈で言及されることが多い。それは、前者は国を思う気持ちの上に成り立つ言葉であるのに対して、後者はウチとソトを区分けすることを前提とした言葉だからだろう。別の言い方をすると、パトリオティズムは否定の上に成り立つ概念ではないが、ナショナリズムは他者を必要とする。他の国では普通に用いられるナショナリズムという言葉がアメリカで座りが悪いのは、アメリカ自体がひとつのイデオロギー(アメリカニズム)であり、他者を異質な存在として固定するのではなく、他者をウチに取り込みながら、膨張していく普遍国家だからだ。つまり、アメリカにおけるナショナルな感覚は、自らが普遍的であることに依拠しており、それを表現する言葉としては、ナショナリズムよりもアメリカニズムという言葉の方がしっくりくるということだ。

しかし、トランプ大統領は、ナショナリズムを躊躇することなく肯定する。それは単なる言葉の変化ではなく、トランプ大統領が思い描くアメリカの姿が、これまでのアメリカのリーダーたちが思い描いてきたアメリカの姿とは大きく異なるからだろう。トランプ大統領は、もはや国境を乗り越えて世界を作り変えていこうなどとはしない。むしろ、ソトの異質なものがウチに入り込んでくることに強い懸念を抱き、それによってアメリカが変わってしまうかもしれないこと(もしくは、もうすでに変わってしまったこと)に強い危機感を感じている。その危機感の物理的な表現がメキシコとの国境に建造される(と約束された)壁だ。この壁こそが他のなによりもトランプ外交を支える世界観を象徴しているといえるだろう。長らく外交安全保障エスタブリッシュメントの話を鵜呑みにしていたら、アメリカ自体がかなりおかしいことになってしまった。自分は抽象的な国際正義などには一切関心がない、もっと手にとって確認できるような利益をストレートに追求させてもらう。トランプ大統領はそう言い放った。ウィルソン大統領が、米連邦議会で演説をしてからおよそ一〇〇年。アメリカはウィルソン主義から大分遠い地点に来てしまったとの印象は拭えない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 5
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 8
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 9
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 10
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中