最新記事

生物化学兵器

元スパイ襲撃の神経剤「ノビチョク」、ソ連崩壊後の混乱で流出か

2018年3月24日(土)12時00分

3月14日、元スパイのセルゲイ・スクリパリ氏を今月、神経剤で毒殺しようとしたのはロシアだと発表した英国政府に、化学兵器専門家の大半も賛同しているが、別の説明も排除できないとの声も上がっている。写真はモスクワにある

元スパイのセルゲイ・スクリパリ氏を今月、神経剤で毒殺しようとしたのはロシアだと英国政府が発表。化学兵器専門家の大半もこの主張に賛同するが、別の説明も排除できないとの声も上がっている。

それはつまり、ロシア国家のために動いているわけではない人々が問題の神経剤を入手していた、という可能性だ。

ソ連の化学兵器開発計画は、冷戦終結後に大きな混乱に陥り、当時この計画に関与していた人々によれば、一部の有毒物質やノウハウが犯罪者の手に渡った可能性があるという。

「誰かが密かに持ち出すことができただろうか」と生物・化学兵器の専門家エイミー・スミスソン氏は問う。「その可能性はもちろん否定できない。少量であれば、そして1990年代初頭のロシア化学兵器関連施設のセキュリティの甘さを考えれば、なおさらだ」

神経剤は時間の経過とともに劣化するが、1990年代初頭に神経剤の材料となる成分を密かに持ち出し、適切な条件の下で保管したものを最近調合したのであれば、小規模攻撃において、今なお致死性を発揮できる、と2人の化学兵器専門家がロイターに語った。

66歳のスクリパリ氏と娘のユリアさん(33)は、4日、ソールズベリー市内のベンチで意識を失っている状態で発見され、現在も重体で入院中だ。警官1人も毒物の影響を受け、なお重症だという。

メイ英首相は14日、「スクリパリ父娘の殺害未遂について、また他の英国市民の生命を脅かしたことに関して、ロシア国家が関与していると結論せざるを得ない」と述べた。

ロシアは神経剤による攻撃への関与を一切否定している。

受話器に毒物

化学兵器関連施設の保全不備報告によれば、少なくとも1990年代、ロシア政府は化学兵器の備蓄やその警備員らをしっかり管理していなかったことが明らかだ。

ロシア銀行界の大物イワン・キベリディ氏とその秘書が1995年に臓器不全により死亡し、モスクワにある同氏のオフィスで使われていた電話の受話器から軍用の毒物が発見された際には、国営化学研究所の職員1人が、密かに毒物を提供したと告白した。

非公開裁判において、キベリディ氏の事業協力者が意見対立を理由に同氏を毒殺したとの容疑で有罪判決を受けた。裁判で検察官は、この事業協力者は複数の仲介者を介して、国営化学研究所「GosNIIOKhT」の職員レオナルド・リンクから毒物を入手したと述べている。

旧ソ連時代に化学兵器開発を担当した科学者で、その後内部告発者に転じたビル・ミルザヤノフ氏によれば、同研究所は国家的な化学兵器プログラムの一翼を担っており、今回スクリパリ氏に対して用いられたと英国が主張する神経剤「ノビチョク」の開発に貢献したという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スウェーデン、バルト海の通信ケーブル破壊の疑いで捜

ワールド

トランプ減税抜きの予算決議案、米上院が未明に可決

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、2月50.2で変わらず 需要低

ビジネス

英企業、人件費増にらみ雇用削減加速 輸出受注1年ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 5
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 6
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中