エルサレム首都宣言以降、イスラエルがシリアへの越境攻撃を控えるようになった理由とは
シリア政府側も沈黙しなかった。イスラエル軍の先制攻撃に対しては、シリア軍の地上部隊だけでなく、防空部隊も応戦した。真偽は定かでないが、2017年3月のタドムル市(ヒムス県)近郊に対する爆撃に際して、シリア軍は対空兵器を用いて迎撃し、イスラエル軍戦闘機1機を撃墜したと発表した。同年9月のダマスカス国際空港(ダマスカス郊外県)近郊に対する爆撃でも、親政権サイトがイスラエル軍無人航空機を撃破したと発表、その映像を公開した。同様の迎撃は、同年10月のダマスカス郊外県ラマダーン地区に対するミサイル攻撃、11月のヒムス県ハスヤー町工業地帯に対する爆撃、12月のキスワ市近郊に対する爆撃でも行われた。
イスラエルがイスラーム国を狙うことはない
では、シリア内戦下で繰り返されるイスラエルの越境攻撃は何を狙っているのか? イスラーム国が日本人2人を殺害する事件が発生した2015年初め、「イスラーム国は日本政府の親イスラエル政策に刺激を受けて犯行に及んだ」といった識者コメントが散見されたことは記憶に新しい。その論拠は、イスラーム国(あるいはイスラーム教徒)が反イスラエルだから、というものだった。
この見方に従うと、イスラエルは、シリアで跋扈するイスラーム国、あるいはシャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)に代表されるアル=カーイダ系組織の弱体化を狙っていると想像できるかもしれない。
だが、イスラエルがイスラーム国やアル=カーイダ系組織を狙うことはない。イスラエルが彼らに対して行った唯一の攻撃は、2016年6月のダルアー県西部のシャジャラ町に対する爆撃だが、その標的は、イスラーム国に忠誠を誓うハーリド・ブン・ワリード軍がシリア軍から捕獲した旧ソ連製の自走式地対空ミサイル・システム2K12(SA-6)だった。
それ以外の越境攻撃のうち、クナイトラ県やダマスカス郊外県南西のヘルモン山麓地帯に対するものは、いずれもシャーム解放委員会が主導する反体制派と交戦するシリア軍、シリア人および外国人からなる民兵の陣地や装備を狙っていた。そのなかには、イスラエル側が主張する通り、占領下ゴラン高原に対するシリア軍の攻撃(流れ弾の着弾)に対する報復もあった。だが、こうした主張にもかかわらず、イスラエルの越境攻撃は、アル=カーイダ系組織を支援しているとの非難を免れなかった。
イスラエルは、ゴラン高原一帯でのシリア軍との戦闘で負傷した「自由シリア軍」兵士を自国内の病院に搬送し、治療を行うなどの「人道的」対応を行っていると主張する。しかし、同地の地図を見ると、イスラエルとシリアの間には、イスラーム国、シャーム解放委員会が主導する反体制派がバッファーのように勢力を保持している。イスラエルは、シリア領内の「真の脅威」に対峙するために、イスラーム国やアル=カーイダ系組織を「人間の盾」とし、彼らもイスラエルに「安心」して背を向けてシリア軍と戦っていると見ることもできる。