エルサレム首都宣言以降、イスラエルがシリアへの越境攻撃を控えるようになった理由とは
シリアでのイランの影響力拡大の阻止を狙っていた
だが、ここで言う「真の脅威」とは、シリア軍だけではない。むろん、イスラエルは越境攻撃を通じて、シリア軍に打撃を与えてきた。例えば、イスラエル軍戦闘機18機が参加した2013年5月の爆撃では、ダマスカス郊外県ジャムラーヤー市の軍科学研究センターをはじめとするシリア軍施設47カ所が破壊され、精鋭部隊とされた共和国護衛隊第104旅団、第105旅団の将兵ら2,500人が死亡した。
だが、イスラエルにとって最大の「真の脅威」は、イランとその支援を受けるヒズブッラーなどの外国人民兵である。
イランは、シリア内戦当初から、シーア派(12イマーム派)聖地を守るという名目で、イラク人やアフガン人の民兵を教練・派遣、イラン・イスラーム革命防衛隊が彼らやシリア軍への技術支援を行ってきた。イスラーム国やアル=カーイダ系組織の台頭によって混乱が増すと、イラン・イスラーム革命防衛隊の精鋭部隊ゴドス旅団、さらには陸軍特殊部隊がシリア領内に進駐した。さらに2017年になると、シリア国内の軍事施設で長距離ミサイルの開発製造を行っているといった情報が流れるようになった。
イスラエルの越境攻撃の多くは、内戦下のシリアにおけるイランの影響力拡大の阻止を狙っていた。上述したダマスカス郊外県ジャムラーヤー市の軍科学研究センターは、2013年3月以外にも、2015年1月、2017年12月に爆撃を受けたが、同施設はイランやヒズブッラーが兵器の開発や貯蔵を行っていると指摘されていた。また、2017年9月のハマー県ミスヤーフ市近郊に対する爆撃は、シリア軍が、イランやヒズブッラーとともに、化学兵器、ロケット砲、ミサイルなどの兵器製造のために使用していたとされる野営キャンプを標的とした。
イスラエルは、2017年半ばに米国とロシアがシリア南部(ダルアー県、スワイダー県)での「緊張緩和地帯」(de-escalation zone)の設置に合意する際、イラン・イスラーム革命防衛隊およびその支援を受ける外国人民兵の国境地帯からの退去を要求するなど、イランへの警戒感を強めている。
シリアへの越境攻撃は、シリア政府、ロシア、そしてイランが勝者となって決着しつつあるシリア内戦後の軍事的脅威を軽減しようとする予防措置としての意味合いがあったのだ。
エルサレム首都認定が、かえってイスラエルの足枷に?
だが、ここへ来て、イスラエルは越境空爆を控えるようになっている。そのきっかけとなったのが、エルサレムをイスラエルの首都として認定したドナルド・トランプ米大統領の決定だ。
この決定は、たとえ米国内でのトランプ政権への支持率低下への打開策としての性格が強かったとしても、エルサレムを永遠の首都とみなしているイスラエルを利するものであって然るべきだ。だが、実際はそうではなかった。
理由は、イスラエルへの反感が、アラブ世界、さらには国際社会全体でにわかに高まってしまったためだ。こうした状況は、イスラエルに対して強硬姿勢を貫いてきたシリア政府、ヒズブッラー、そしてイランにとっては都合が良い。
なぜなら、イスラエルの越境攻撃は、彼らがシリア内戦において「悪」として位置づけられてきたことで、注目や非難を浴びることはなかった。だが、これまでのようにシリア内戦に紛れて越境攻撃を繰り返せば、反イスラエル感情がさらに煽られ、イスラエルの安全保障を物理的に脅威に曝すような動きが誘発されかねない。
こうした機運を追い風とするかのように、シリア軍は最近になって、ヘルモン山麓地帯で活動を続けるシャーム解放委員会への攻勢を強めている。イスラエルが軍事的な対抗措置をとるかは今のところ分からない。だが、エルサレムの首都認定がイスラエルの足枷となっているのであれば、実に皮肉なことである。