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シリア情勢

エルサレム首都宣言以降、イスラエルがシリアへの越境攻撃を控えるようになった理由とは

2017年12月21日(木)19時45分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ゴラン高原のイスラエル兵士 Ammar Awad-REUTERS

<シリア内戦以降、越境攻撃を続けていたイスラエルが、トランプ大統領のエルサレム首都宣言以降、シリアへの攻撃を控えるようになっている。その理由は?>

イスラエルがシリアへの越境攻撃を控えるようになっている。「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれて久しいシリア内戦においては、シリア政府、ロシア、米国、トルコ、イランの軍事行動が関心を集め、それらは、「人権」、「主権」、そして「テロとの戦い」といったパラダイムのもとで、時に非難を浴び、時に正当化されてきた。あまり知られてはいないが、イスラエルは、こうした暴力の影に身を隠すかのようにして、シリアに干渉を続けてきた。

イスラエル建国宣言以降、シリアと戦争状態にある

周知の通り、シリアとイスラエルは後者が建国を宣言した1948年以降、戦争状態にある。エジプト、ヨルダン、PLO(パレスチナ解放機構)がイスラエルと和平合意を結ぶなか、シリアは(レバノンとともに)和平を拒否し、「公正且つ包括的和平」、「和平は戦略的選択肢」といったスローガンで表される強硬姿勢を貫いてきた。

これは、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したヨルダン川西岸、(東)エルサレム、ガザ地区、シナイ半島、ゴラン高原、シャブアー農場からの即時完全撤退を求める一方、イスラエルがこれに応じない場合は武力行使も辞さないという方針だ。シリア政府は、この強硬姿勢に基づき、イランとの関係を強化、レバノンのヒズブッラーをはじめとするレジスタンス組織を物心面で支援してきた。

とはいえ、シリアとイスラエルの隔てるゴラン高原(クナイトラ県)は、「世界でもっとも安全な紛争地」などと言われ、日本の自衛隊も長らく(2013年まで)同地に展開するUNDOF(国連兵力引き離し監視軍)に部隊を派遣してきた。

イスラエルは、ハマース、ヒズブッラーといった組織と非対称戦争を行うことがあっても、シリアと戦火を交えることは希有だった。バッシャール・アサドが政権を握った2000年以降、イスラエルは少なくとも3回にわたって、シリアの領土領空を侵犯した。1度目は、2003年10月のダマスカス郊外県アイン・サーヒブ村にあるパレスチナ諸派(ハマース、イスラーム聖戦)の基地爆撃、2度目は、2006年7月のラタキア県への領空侵犯、そして3度目は2007年9月のダイル・ザウル県キバル地区の核開発疑惑施設への越境爆撃だ。

だが、こうした侵犯行為が両国の交戦に発展することはなかった。シリア政府は、侵犯を非難したが、「報復権を留保する」と主張し、事態悪化を回避しようとした。

シリア内戦が激化以降、イスラエルは越境攻撃を繰り返す

ところが、シリアに「アラブの春」が波及すると様相は一変した。イスラエルは、シリア内戦が激化した2013年以降、頻繁にシリアへの越境攻撃を繰り返すようになったのだ。

その数は、2013年と2014年がそれぞれ2回、2015年は5回、2016年は4回に、そして2017年(12月21日現在)には何と21回に達した。越境攻撃は、占領下のゴラン高原に展開するイスラエル軍地上部隊からの砲撃やミサイル攻撃だけではなかった。イスラエル軍戦闘機もこの間、23回にわたり越境爆撃を行い、その攻撃対象はゴラン高原に面するクナイトラ県だけでなく、ダマスカス郊外県、ヒムス県、ハマー県に及んだ。

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