ASEANはなぜ議長声明からロヒンギャ問題を外したのか
これは「ロヒンギャはミャンマー国内に存在せず、彼らはバングラデシュから来た不法移民であるベンガル人だ」と主張するミャンマー政府の意向を受け入れる姿勢を示したことで、当然のようにタイは首脳会議でロヒンギャ問題に言及しなかった。
議長国フィリピンは及び腰
ASEANの議長国として首脳会議のまとめ役であるフィリピンは、ロヒンギャ問題に対して開催前から消極的だった。それは9月24日に国連総会出席のためニューヨークに集まったASEAN外相の意見を議長国フィリピンが中心になってまとめて発表した議長声明に遠因があるとされる。
この時、声明でフィリピンはミャンマーに配慮して「全ての暴力行為を非難する」と盛り込み、ミャンマー国軍だけでなく、ロヒンギャ側の武装組織にも問題があるともとれる内容にした。ところがこれにマレーシアやインドネシアが猛反発、抗議を受けた。その後フィリピンはロヒンギャ問題には極めて及び腰、消極的になったとASEAN筋は指摘する。
今回はその時の轍を踏まないために事務方が事前に特にマレーシア、インドネシアと交渉し、「個々の言及には口を挟まないが、議長声明には具体的には盛り込まない」ことで水面下の調整を続けた結果、議長声明では「ミャンマーのラカイン州北部で緊急支援が必要な事態が起きている」との当たり障りのない表現、指摘に留めることに成功したのだった。
集団的、組織的レイプの報告
11月12日にはロヒンギャ問題を担当する国連事務総長特別代表で「紛争下の性的暴力担当」のプラミラ・パッテン氏がロヒンギャ難民が集中しているバングラデシュ南東部コックスバザールでの視察を終え、ダッカで会見した。その席で同氏は、ミャンマー国軍兵士によるロヒンギャの女性、少女に対するレイプが多発している実態を報告した。
報告によると「レイプされた女性や少女の多くが死亡したり、集団レイプされたりした実例を聞いた」「被害者の1人は45日間も軍に拘束され何度も何度も繰り返しレイプされたと証言した」などとして兵士によるレイプが組織的、集団的に行われていると指摘した。
このほかにも軍兵士による村落への放火、男性への無差別暴行、殺害などの人権侵害、難民キャンプでの食糧、衣料品の不足、疫病の懸念などが各種支援団体から報告されており、ロヒンギャ問題はいまや大きな国際問題となっている。
こうした中で開催されたASEAN首脳会議だが、ロヒンギャ問題に対するASEANとしての消極的な姿勢にヒューマンライツ・ウォッチなどは「各国首脳は帰国前に、ミャンマー政府に人権侵害の即時停止と監視機関や援助団体の現地入りを認めさせるべき」とプレッシャーをかけている。
ASEAN内部でも、議長声明にロヒンギャ問題を具体的に盛り込むことを主張したインドネシア、マレーシアを中心に不満の声が高まっている。特にインドネシアではバングラデシュとミャンマーによるロヒンギャ難民の帰還実現に向けた協議の早期開催を求めており、今後もあらゆる機会を通して「イスラム同胞を支援せよ」という国内イスラム教団体の圧力を背景に、ASEAN内でのロヒンギャ問題で指導的役割を果たすことで存在感を強めようとしている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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