カズオ・イシグロをさがして
イシグロはファンタジー小説『忘れられた巨人』が批判されたとき、この国では竜に対する強い偏見があることを知らなかったと冗談を言った。ジャンルの壁をやすやすと飛び越える勇気は称賛されてしかるべきだ。
イシグロは1つのスタイルに安住する作家ではない。イギリスでは短編集は売れないというのが定説だが、彼は『夜想曲集』でこのジンクスに挑んだ。
イシグロは『わたしを離さないで』の舞台に、イングランドの見捨てられた地域とも言うべきノーフォーク州を選んだ。彼はノリッジにあるイースト・アングリア大学大学院で文芸創作を学び、同州に住んでいた。
私はノリッジからそう遠くない場所に住んでいるので、実際に訪れたことがある。ノーフォーク州には何度も行った。これはかなり珍しいことだ。ノリッジはどこかへ行く途中で立ち寄る場所でも、あえて行きたいと思わせる土地でもない。
『わたしを離さないで』では、「イングランドのロストコーナー」と呼ばれる同州の現実が物語の背景になっている。喪失というテーマについて瞑想を重ね、寂れたノーフォークの「孤立」をその象徴に変える――イシグロの想像力のささやかな一例だ。
ここは「失われた子供たち」が提供者として生きることを運命付けられた場所。彼らの希望にあふれる想像の中では、世界の全ての「失われたもの」が最後に出現する場所だ。しかし、その希望は粉々に砕け散る。彼らは友人を失い、夢を失い、ついには自分の命まで失う。
イシグロのノーベル文学賞受賞はその作家としての力量、人間性、独創性が認められた証しだ。まだ読んでいない人は、ぜひ彼を「発見」するべきだ。
(筆者は元英デイリー・テレグラフ紙東京支局長。著書に『「ニッポン社会」入門』〔NHK出版生活人新書〕など)
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[2017年10月17日号掲載]