メルケルの「苦い勝利」はEUの敗北
第2に、4期目のメルケルはEUの金融システムが抱えるリスクに従来ほど寛容ではなくなるだろう。イタリアの銀行に対し、不良債権を減らし国債を削減するよう圧力を強めるはずだ。こうした「リスク削減」重視は当然のことで、銀行同盟の「リスク共有」におけるドイツ側の一層の譲歩と引き換えではないと見なされるだろう。
そして第3に、EUの預金保険や銀行決済に共通の財政支援策を創設することにドイツは抵抗するはずだ。以前から抵抗してはいたが、EUの金融システムのリスクが低下すれば抵抗も薄れるという期待があった。
しかし現実は逆だ。リスクが低下すれば、加盟各国の金融システムのリスク分担の仕組みづくりにドイツが関与する必要はなくなる。ユーロ圏の債務を共同化する「ユーロ圏共同債構想」となれば、なおさらだ。新たなドイツ連邦議会は新たな「財政移転同盟」にこれまで以上に不寛容になるだろう。
強まるECBへの圧力
残る2つはECB(欧州中央銀行)に関係がある。第4に、選挙後のドイツはECBに量的緩和の縮小と、マイナス金利によって実質的に銀行に課税する異例の措置からの脱却を急がせようとしている。FRB(米連邦準備理事会)のような利上げによる金融政策正常化をECBに迫る可能性さえある。ECBは政治的独立性があり、こうした圧力によって政策に根本的変化が生じる見込みは薄い。それでもECBの政策理事会がその権限をどこまで広げるかには影響するはずだ。
ドイツの圧力はいずれ、独政府がECBの総裁人事にいっそう公然と口出しすることにもつながるだろう。これがドイツの総選挙がEUに及ぼす第5の影響だ。イェンス・ワイトマン現ドイツ連邦銀行総裁は、選挙前からマリオ・ドラギECB総裁の後継候補として有力視されていた。選挙結果を受けて、ワイトマンが19年11月にECB次期総裁に就任する可能性ははるかに現実味を増している。
ドイツの立場のこうした変化はすぐに悪影響を及ぼすわけではない。EU経済が引き続き成長している限り、EU各国は金融システムのリスクを減らし、同時に景気刺激策を少しずつ縮小することができるだろう。ドイツ式の経済「競争力」(そんなものが本当にあるとしたらだが)に近いものを得られる財政・労働市場改革に着手することも可能かもしれない。
だが新たな危機に直面すれば、EUは前回より辛うじてましな対処しかできないはずだ。厳重に監督されている国や銀行ならともかく、トラブルに陥る全ての国や銀行を救済するだけのリソースはなく、イタリアの潜在的危機に対処することさえ難しいだろう。そうした大き過ぎる問題に対処するには、EUのマクロ経済統治の枠組みを改革し、銀行同盟を完成させる必要がある。しかしドイツの選挙結果を見る限り、EUがそうした制度を構築する見込みは薄い。