最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

南スーダンの「WAR」──歩いて国境を越えた女性は小さな声で語った

2017年8月7日(月)18時00分
いとうせいこう

向こうから患者が来れば入り口でトリアージ(重症度や緊急度などにより治療の優先順位を決める)して、もしも重症ならばさっきの緊急治療室、そして安定化の対応が終わったらこちらの棟に運ばれ、適切な薬を出されてベッドに寝かされ、もしもPTSDなどの心配があるならば新しく出来るもうひとつの心理療法士の部屋に行く。

彼の語る未来像は実にシステマチックで、しかも現在ある問題を少しずつ解決したのだろう希望のようなものが感じられた。木材と屋根・壁面用のパネル、テント、コンクリートなどで出来た病棟は、そうやって実地で確かめられ修正され、ウガンダの奥で日々理想に近づいているのだった。

ito0807c.jpg

近くに止まっていたタンク車。命の水を運んでいる。

「アネックス」に残るWAR

もうひとつ、俺たちは少し移動して小さな施設を見た。ゾーン4で「アネックス」と呼ばれている場所だった。

暑い日差しの下に幾つかのテントが建てられ、入っていくと3つの丸いプラスチックテーブルがあって、やはりプラスチックの椅子があり、そこに数名のアフリカ人スタッフが座っていた。

それはそれで診療所なのだった。

事実、テーブルの下には耐熱保冷用のボックスが幾つか置かれていて、その中にワクチン、あるいは採った血液がしまわれているらしかった。来院したり運ばれてきた患者は、血液検査を受けて、必要ならワクチン接種、子供ならさらに栄養失調の検査も受け、経過を見るため奥のテントへと移って、ビニールで覆ったのみの風のふきさらす場所でベッドに横たわるのである。

近くには大きめのやっぱりプラスチックテーブルがあり、そこに様々な薬が整然と並べられていて、重度の貧血やHIV感染に対応する薬剤も、抗マラリア剤もその場にいるスタッフから支給される。

テントの中にはそこにもメンタルヘルスのための空間があり、少し奥に入り込んで外から見えにくくて安心感があった。

ito0807d.jpg

各施設では様々な団体が協力しあっている。

アフリカのテント式の、強い風が来ればきしむようなあまりに簡素な診療所を見ながら、しかし俺は思った。日本の緊急医療はここまでメンタルケアを重要視しているだろうか、と。事故でもレイプでも、あるいは突然の感染症発症でも、ともかく物理的な処理で終えてしまおうとしないか。患者一人一人が受ける精神的な傷に、確実に対応しようとするのはこれまで俺が見てきたハイチでもギリシャでもフィリピンでも、そこアフリカでもMSFの活動では常識中の常識なのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中