最新記事

インドネシア

有力な「証人」が米で不審死 インドネシア史上最大級汚職事件の闇

2017年8月21日(月)13時45分
大塚智彦(PanAsiaNews)

死後、「有力証拠」の音声記録が行方不明に

マルリム氏はe-KTP事業の根幹となる本人を確認するための指紋識別装置を製造するバイオモール社の社長で、2010年に同事業を立案する会議に出席した際、会議内容を録音した音声記録を保管していたとされる。この音声記録は今後の捜査、裁判で容疑者らの犯罪を立証する最も有力な証拠になるといわれていた。マルリム氏はLPSK関係者に「500ギガバイトの音声記録の証拠を持っていることが身の危険を招いていると思う」と漏らしていたとも伝えられている。同氏の死亡後、この有力証拠となりうる音声記録がどうなったかは不明で、ますます自殺を巡る謎と闇が深まっている。

ロサンゼルス警察は自殺との結論を出している一方で、インドネシア国家警察国際関係部署担当者は「マルリム氏の死亡そのものは米当局によって確認されているが、詳しい死因はまだわかっていない」と慎重な姿勢を見せた上で、現在米連邦捜査局(FBI)と協力して事件の真相解明にあたっていることを明らかにしている。

汚職捜査官が顔に化学物質をかけられ失明

e-KTP事業の捜査を巡っては、今年4月11日早朝にジャカルタ市内の路上を歩いていたKPKで同汚職事件を担当するノフェル・バスウェダン捜査官が正体不明の男性2人組から通りすがりに化学薬品を顔面にかけられる事件が起きている。ノフェル氏はその後シンガポールで治療を受けたが、片目を失明した。国家警察では容疑者の似顔絵を公開して犯人の行方を追っているが、事件は解決に至っていない。

【参考記事】インドネシア最強の捜査機関KPK 汚職捜査官が襲撃される
【参考記事】アイシャを覚えていますか? 金正男暗殺実行犯のインドネシア人女性の運命は

多数の政府機関関係者、国会議員に捜査が及ぶに従い、国会議員の間から独立捜査機関としてのKPKの捜査権限に対し「KPKの独走をチェックする必要がある」「KPKも間違いを犯す可能性がある」などと反発する声が出始めている。しかしジョコ・ウィドド大統領は「汚職というインドネシアの悪弊は根絶しなければならない」としてKPKへの絶大の信頼を寄せており、世論調査でもインドネシアで最も信頼できる機関としてKPKは認知されている。このためKPKは現在のインドネシアで「最強の捜査機関」の地位を確保、2004年から2015年までに国会議員57人、閣僚や政府組織のトップ23人、州知事18人、地方自治体の市長、副市長46人、大使4人、裁判官・検察官など司法関係者41人、政府機関高官120人を反汚職法などで摘発、法の裁きを受けさせる実績を残している。

今回のマルリム氏の死を受けてKPKのフェブリ報道官は8月14日に「e-KTP事業の捜査は何の変更も影響もなく続く。すでに犯罪を立証するに十分な証拠は得ている」とのコメントを発表、今後の捜査の継続と容疑者追及の手を緩めることはないことを明らかにしている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中