孫政才失脚と習近平政権の構造
そこで江沢民の大番頭であった曽慶紅は、浙江省の書記をしていた習近平を江沢民に推薦した。
曽慶紅と習近平は「義兄弟」の誓いを立てたような仲で、清華大学を出て軍事委員会の秘書として働き始めたばかりの習近平は、曽慶紅のことを「慶紅兄さん」と呼んでいた(詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.63~p.64)。「紅二代(太子党)」としても、二人は後々まで助け合ってきた。
習近平は浙江省の書記の身分を満喫していたが、曽慶紅の申し出を喜んで受け、2007年3月、上海市の書記になる。こうして江沢民は2007年10月に開催された第17回党大会で、強引に習近平を「国家副主席」としてチャイナ・ナインにねじ込み、胡錦濤が推す李克強の党内序列より一つ上のナンバー6にさせることに成功するのだ(これらの経緯の詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.119~p.129)。この瞬間に、第18回党大会(2012年11月)では、習近平が中共中央総書記になり、2013年3月の全人代では国家主席になることが決まったのである。
孫政才失脚を「習近平の政敵、江沢民」との権力闘争とする間違い
少なからぬ日本のメディアが、今般の重慶市書記だった孫政才の失脚を権力闘争だと報道している。こんなことをしていたのでは、中国の現状を日本政府に見誤らせ、日本の国益を損ねるであろうことは言を俟(ま)たない。
中には、それが日中関係に影響を及ぼし、結果、中国の対北朝鮮政策に影響を及ぼすなどとする報道も見られる。
中国と北朝鮮の関係を何だと思っているのだろうかと、唖然とする。日中関係が、中国の対北朝鮮関係に影響を及ぼすなどと考えていること自体、中朝関係をあまりに知らな過ぎると断言してもいいだろう(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第三章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」を参照)。
これはメディアだけでなく、安倍政権もそのようにみなしている節があるが、互いに「悪影響」という相互作用を及ぼしている。
一気に全てを書くのは困難なので、孫政才失脚の裏にある事情に関しては、7月18日付のコラム「次期国務院総理候補の孫政才、失脚?――薄熙来と類似の構図」をご覧いただきたい。
そこに、ひとこと付け加えるとすれば、「腐敗の頂点にいるのが江沢民」であるがゆえに、習近平としては最終的に江沢民と曽慶紅を摘発するしかないが、なにせ自分の大恩人なので、そこに手を出すのに躊躇し、「腐敗を撲滅するためには何でもする」という状況を、周りから作っているということである。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社、7月20発売予定)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。