北の最高指導者が暗殺されない理由
90年代前半にはアン・チャンホ上級大将ら、ソ連のフルンゼ陸軍士官学校への留学経験がある軍人30~40人による暗殺計画の存在が報じられ始めた。彼らは、92年4月の朝鮮人民軍創建60周年記念軍事パレードの最中に、戦車砲で金父子を殺害する計画だったという。
「アンが解任・逮捕されたこと、ソ連や東欧の軍事大学卒業者が捜査対象になったことは、メディアの報道や脱北者の発言など多くの材料によって裏付けられている」。ジョンズ・ホプキンズ大学米韓研究所の客員研究員で、北朝鮮を専門とするマイケル・マッデンはそう指摘する。「だが、アンが実際に計画に加担したかどうかは別の話だ」
さらに金日成が死去した翌年の95年には、北東部の咸鏡北道を拠点とする北朝鮮人民軍第6軍団がクーデターに向けて動いたとされる。
「クーデター計画は治安機関が察知したのでなく第6軍団内部から漏れた」と、米海軍分析センター国際情勢グループ責任者で、北朝鮮治安機関に詳しいケネス・ゴーズは言う。「第6軍団長(だった大物軍人の金永春〔キム・ヨンチュン〕)が国家安全保衛部長に密告した」
本当にクーデターが企図されたのか、それとも(ゴースが指摘するように)実は資産の獲得争いが起きていたのか、疑問の余地は残る。いずれにしてもこの一件は、「完全な支配」を建前とする体制にとって憂慮すべき出来事だった。
第6軍団は過酷な処分を受けた。「最も信頼できる話によれば、上級指揮官を縛り上げて兵舎に残し、建物に火を放った」と、マッデンは話す。現在、第6軍団の存在は北朝鮮の公的記録から抹消されている。
金正日は激動の90年代を乗り越えて権力基盤を固め、息子の正恩への世襲を確実にした。しかし核開発の進展で北朝鮮による核攻撃の可能性が高まり、先制攻撃における北朝鮮の指揮系統の攪乱が新たな急務となっている。
「これは珍しいことではない。皆が話題にし、大騒ぎしているが、北朝鮮には標的になる指導部の施設がいくらでもある」と元米特殊部隊将校で在韓特殊作戦軍にいたデービッド・マクスウェル陸軍大佐は言う。
「指揮統制施設、平壌からの移転施設、戦争中に金正恩が使用するかもしれない別荘――以上は全て少なくとも監視対象に、極端な場合はその場に居合わせた人々も標的になる可能性がある」
戦争において敵将を倒すというのは目新しい考え方ではないが、韓国軍は近年、北朝鮮トップを暗殺する能力を従来以上に声高にアピールしている。韓国陸軍の特殊戦司令部は昨年、先制攻撃が必要となった場合に金正恩らを暗殺する特殊部隊を創設すると発表。一方、北朝鮮は米韓の新奇な企てを「北朝鮮に対する生物化学兵器を使った国家ぐるみのテロ」と非難した。
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イラク侵攻の二の舞いに?
だが韓国の特殊部隊が標的の金正恩に近づく道のりは険しい。まず北朝鮮に侵入するのに、米空軍特殊作戦司令部か米陸軍の特殊司令部の精鋭ヘリ部隊である第160航空連隊の力が必要になる。黄海にある韓国と北朝鮮の軍事境界線、北方限界線(NLL)を越えたら、北朝鮮人民軍の第3軍団が海からの侵入者を平壌に入れまいと待ち受けている。
「第3軍団と第4軍団の守りが突破されたら、敵は首都を区画ごとに防衛して時間を稼ぎ、その間に金正恩と護衛司令部が指導部を北朝鮮中北部に移す構えだ」と、北朝鮮軍に詳しいジョセフ・バーミューデスは言う。