リンダ・グラットンが説く「人生100年時代」の働き方
家族の構成は急速に変わりつつある
家族のダイナミズムも変わっていくでしょう。誰か1人が大黒柱として一家を養いながら、なおかつ変身も遂げていくというのは無理な話です。共働きを望む若者が増えていますが、これは賢明なことと思います。どちらかが働いて、どちらかが学校で学び、それを交代で行うシーソー的な夫婦関係もあり得ます。
そういう考えが主流になれば、企業側も男性と女性が共に働き、共に家事や育児を担う仕組みに対応していかなければなりません。子どもを持たない夫婦も増えていくでしょうし、働く女性の増加も今後いっそう見込まれます。
すでに新しいパートナーシップのモデルが生まれて、家族の構成は急速に変わりつつあります。女性の労働力率を見てみると、一番割合が高いのはノルウェー、スウェーデン、デンマークといった北欧の国々です。日本や韓国は低いです。北欧は法制度が整備されていますし、子育てケアの支援も厚いうえ、働く女性に対する社会的偏見もありません。そうした環境づくりが女性の社会進出には不可欠といえます。
刷新を迫られる企業の人事制度
企業も多様性への対応を迫られます。みんなが同じ仕事を同じ時間に行う労働形態は、全ての従業員を十把ひとからげに扱えるので企業にとっては好都合でしたが、こういう働き方は終わりを迎えるでしょう。多くの国でいろいろな種類の働き方、働き手が出てきます。
人口動態的に見ても女性参画率は高まるでしょうし、年齢の高い労働者も増えてきます。共働きも増えるでしょう。労働形態も多様化して、フリーランスの働き手やジョイントベンチャー、マイクロアントレプレナーの数も増えると思われます。OECD諸国においては、従業員数10人未満の企業が9割を占めます。テクノロジープラットフォームを生業にする企業が多く、イノベーションに大きく寄与しています。多様性がイノベーションを生む土壌になっているのです。
【参考記事】働き方の多様性は人と企業にメリットをもたらす
さまざまな人がそれぞれに違う見方をしてネットワークが広がり、人材のエコシステムが育まれます。人が100歳まで生きる時代になると、もっとイノベーティブに、そしてクリエイティブに貢献する機会が増えることでしょう。より面白い仕事に出合うチャンスも増えるはずです。
そういった意味で、企業の人事制度も新しくしていく必要があります。新入社員が大学を出たばかりの若者とは限らなくなるでしょうし、一度退職した人が戻ってくるケースもあるでしょう。働いている途中で学びのステージに立ち寄り、スキルを再構築する人も出てくるかもしれません。
さらにいえば、引退年齢もなくなるかもしれません。60歳になって生産性が落ちる人も確かにいるかもしれませんが、それは一握りに過ぎないでしょう。それなのに60歳をひとくくりに定年とするのでは、企業にとっても損失を招くと思います。
【参考記事】今がベストなタイミング、AIは電気と同じような存在になる
80歳代まで生産的に働き続けるには政府の後押しも必要
政府も根本的に政策を見直していくことになるでしょう。日本の政府は高齢化に向けて世界でも先進的な取り組みをしていますが、人々が80歳代まで生産的に働き続けるにはさらなる後押しが必要です。例えば、年金に代わる経済基盤をどう作るか、多世代を支える生活資金をどう構成するか、さまざまな観点があると思います。
寿命が100年に延びる時代がやってくる。それは社会に一大変革をもたらします。個人も家族も企業も政府も、みんな変わっていかなければならない時代がもうすぐそこまで来ているのです。
変化はチャンスでもあります。いまみなさんの目の前にはさまざまなチャンスがあふれています。もう一度人生を再設計できるということです。前回の本、『ワーク・シフト』では働き方の再設計を提案しましたが、今回の『ライフ・シフト』では人生に関しても再設計できるんだということをお伝えしています。
私たち、そして子どもたちに対して、人生を再設計する素晴らしいチャンスが今まさに到来しているのです。そのことを理解し、前に進んでいくための一助としてこの本がお役に立てばうれしいです。
WEB限定コンテンツ
(2016.10.25 中央区のベルサール汐留にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
※インタビュー後編:長時間労働の是正がブレークスルーをもたらす
ロンドン・ビジネススクールは英国・ロンドンにあるビジネススクール。世界で最高位のビジネススクールであり、MBAプログラムや金融実務経験者を対象としたマスターズ・イン・ファイナンス(MiF)プログラムは世界トップレベルと評価されている。
http://www.london.edu/
「THE 100-YEAR LIFE」のウェブサイト。リンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏による、人生100年時代の生き方や働き方について探るサイト。無形資産の有用性を診断するテストは1万人が受けたという。
http://www.100yearlife.com/
『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)はリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏(ロンドン・ビジネススクール経済学教授)の共著。寿命が100歳に延びる時代を戦略的に生き抜くため、どのように生き方、働き方を変えていけばいいかを示している。
リンダ・グラットン(Lynda Gratton)
ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。2年に1度発表される世界で最も権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。フィナンシャルタイムズ紙「次の10年で最も大きな変化を生み出しうるビジネス思想家」、英タイムズ紙「世界のトップ15ビジネス思想家」などに選出。邦訳されベストセラーとなった『ワーク・シフト』(2013年ビジネス書大賞受賞)などの著作があり、20を超える言語に翻訳されている。