最新記事

インドネシア

ジャカルタで圧力鍋使用の自爆テロ  不安と衝撃の中で断食月近づく

2017年5月25日(木)19時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

テロの連鎖を厳重警戒

国家警察幹部は25日、今回の自爆テロが22日に英マンチェスターで発生した爆弾テロ事件やフィリピン南部ミンダナオ島でフィリピンのイスラム過激組織「マウテグループ」が国軍と戦闘状態に陥った(ドゥテルテ大統領が同島周辺地域に戒厳令を布告)事件とつながりがある国際的な連続テロの可能性もあり得ないことではないとの見方を示している。

【参考記事】フィリピン南部に戒厳令  ドゥテルテ大統領が挑む過激派掃討

自爆テロの翌日にあたる25日はインドネシアではキリスト昇天祭の祝日にあたり、また27日からはイスラム教徒にとって重要な「断食」が予定されていることから宗教関連の行事、施設が今後新たなテロのターゲットになることも十分予想されるとして治安当局は国民に警戒を呼びかける事態となっている。

【参考記事】ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない

インドネシアは世界第4位の2億5500万人の人口を擁し、その88%がイスラム教徒と世界最大のイスラム人口を抱えている。

断食が始まると白装束に身を固めたイスラム急進組織が繁華街や盛り場を巡視してカラオケ店や風俗店、マッサージ店などに対し「イスラムの断食期間に相応しくない」と暴力的手法で営業中止に追い込む事案が後を絶たない。今年も同様事案への警戒が求められているところだった。

アイデンティティーの危機とも関連

こうしたイスラム急進組織の姿勢は、キリスト教徒で中国系のジャカルタ州知事バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)氏が「宗教冒涜罪」などで禁固2年の実刑判決(5月9日)を受けたことや、判決に反対する立場から「宗教の寛容性」「多様性の中の統一」というインドネシア人のアイデンティティー再認識を求める運動が巻き起こったこととも関係している。

【参考記事】イスラム人口が世界最大の国で始まったイスラム至上主義バッシング

ジョコ大統領も5月16日に治安組織のトップを呼び「社会の不安を煽り、分裂を惹起するような言論や宗教活動には厳しく対処するように。言論の自由、宗教の自由は憲法でも保障された権利であるが、国家の法と秩序への尊敬のない自由は認められない」と釘を刺し、断食期間中の治安に万全を期すよう求めた。

さらに自爆テロの直後の現場を記録した動画や写真がネットに多数出回っていることから、治安当局は「残虐な現場の様子で市民の不安や恐怖を煽る行為はテロに加担していることと同じである」として中止を求める事態にもなっている。

インドネシアは今、このように犯行グループの正体も背後関係も捜査中という自爆テロの衝撃と不安の中で断食月を迎えようとしている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
毎日配信のHTMLメールとしてリニューアルしました。
リニューアル記念として、メルマガ限定のオリジナル記事を毎日平日アップ(~5/19)
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中