最新記事

シリア攻撃

トランプはロシア疑惑をもみ消すためにシリアを攻撃した?

2017年4月10日(月)16時11分
マクシム・トルボビューボフ(米ウッドロー・ウィルソン・センター/ケナン研究所上級 研究員)

アメリカ自身も予想していなかった米軍のシリア攻撃 Ford Williams/REUTERS

<突然シリアを攻撃し世界を驚かせたトランプ。子供たちに化学兵器を使ったアサドが人道的に許せなかったからだというが、それだけが理由のはずはない>

先週木曜に米海軍がシリア中部の空軍基地に59発の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち込んだとき、アメリカのオバマ前政権が築いた米露関係の枠組みは崩れ去った。シリア内戦から事実上手を引いていた歴史に幕を閉じ、この地域で積極的に武力行使する唯一の大国としてのロシアの地位にも終止符が打たれた。

アメリカにとってもロシアにとっても好ましい変化ではない。両国の相矛盾する対シリア政策にはそれなりの理由や背景があった。それが今、米露両政府はほとんどその意思に反して内戦の関与をエスカレートさせざるをえなくなっている。

【参考記事】米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置

米軍のシリア攻撃を、ロシアは「主権国家への侵略行為で明白な国際法違反」と非難した。ドナルド・トランプ米大統領は「取ってつけたような口実で」攻撃命令を出したと、ロシアの大統領報道官ドミトリー・ペスコフは言った。

ウラジーミル・プーチン露大統領が今更、シリアの独裁者バシャル・アサド大統領の後ろ盾をやめるとは考えにくい。ロシア軍は今後、「最も貴重なシリアのインフラ」を守るためにシリア上空の防衛を強化することになるだろうと、ロシア国防省の報道官イゴール・コナシェンコフは言った。

【参考記事】ロシアは何故シリアを擁護するのか

善意からの攻撃ではない

ロシア政府はほんの数日前まで、米軍がシリアに直接介入してくるとは思っていなかった。実際、今回の攻撃がアメリカのシリア政策の根本的転換を意味するのかどうかはまだわからない。多くの専門家は、今回の攻撃は、民間人に化学兵器を使ったアサド政権に対する一度きりの制裁だとみる。

アメリカのシリア政策はこれまで一貫していたとは言い難い。トランプは、つい1週間前にはアサドの退陣を要求しないと言っていたのに、次の瞬間にはアサドに軍事攻撃を仕掛けたのだ。トランプにシリア政策があったとすればそれは、アサド体制との戦いを避け、ISIS(自称イスラム国)掃討に全力を傾けることだったはずなのに。

先週火曜にイドリブで行われた化学兵器による攻撃が、トランプの気持ちを変えたようだ。「シリアとアサドに対する私の考えは大きく変わった」と、トランプは水曜の記者会見で感情的に語った。アサドのガス攻撃を「人道に対する侮辱」とし、「罪のない子供、罪のない赤ちゃん、小さな赤ちゃんを殺すというのは多くの意味で一線を越えている」と、突然のシリア攻撃の理由を語った。

【参考記事】シリアの子供たちは、何度化学兵器で殺されるのか

だが、トランプの態度が一変したのがひとえに正義感のせいだと思うのは間違いだろう。アサドに手を出さないという最初の方針を変えざるを得ない多くの理由があったのだ。バラク・オバマ前大統領が2013年、事前の警告にもかかわらず化学兵器を使ったアサドに武力介入を行わなかったことを、あまりに多くの共和党員が嘲笑していた。

党派で分断された政治のパラドックスで、2013年のトランプは武力介入に反対だったが、2017年には武力介入をしないことこそがあまりに犠牲の大きい賭けになってしまったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中