最新記事

監督インタビュー

『アイヒマンを追え!』監督が語る、ホロコーストの歴史と向き合うドイツ

2017年1月5日(木)15時40分
大橋 希(本誌記者)

© 2015 zero one film / TERZ Film

<ホロコーストの戦犯アイヒマンの裁判を実現させた検事バウアーの闘いを描く映画『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』のラース・クラウメ監督に聞く>(写真:バウアー(左)は部下のカール・アンガーマンの助けを借りて、アイヒマン拘束に乗り出す)

『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の最重要戦犯アドルフ・アイヒマンの拘束を実現させた1人の男の実話。魅力的な主人公と歴史の重み、スリリングな展開に引き込まれる(日本公開は1月7日)。

 舞台は50年代後半のドイツ。ヘッセン州検事長フリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、ナチスの戦争犯罪の追及に心血を注いでいる。しかし政治やビジネスの中枢に元ナチス党員が残る中では、簡単なことではなかった。ある日、アイヒマンの潜伏情報をつかんだバウアーは、イスラエルの諜報機関モサドへの協力を依頼するが......。

 史実と架空のドラマをうまく交錯させて、重苦し過ぎない作品に仕上げたラース・クラウメ監督に話を聞いた。


***


――バウアーについての映画を作ろうと思ったのは?

 イスラエルのモサドによるアイヒマン捕獲作戦は有名だ。しかしその裏にドイツ人の検事がいたこと、しかも彼がドイツの法廷でアイヒマンを裁こうとしたことは当時まったく知られていなかった。

 バウアーのキャラクターも面白い。クロード・ランズマン監督の『SHOAH ショア』にも描かれたとおり、戦争が終わったばかりの50年代には、被害者であるユダヤ人たちも、元ナチスの人たちも自らの体験に口をつぐんでいた。その中で、ドイツに必要なのは歴史に向き合うことだと声を上げたのがバウアーだった。そこに僕はすごく想像をかきたてられた。

 しかも彼は完全なアウトサイダー。極左の社会民主党党員でユダヤ人、当時は禁じられていた同性愛者でもあった。脅迫を受けていたし、秘密警察や諜報機関を信用して連携することもできなかった。保守的なアデナウアー政権下で、周囲から孤立しながら必死に闘った。

【参考記事】再ナチ化が進行していたドイツの過去の克服の物語『アイヒマンを追え!』

――敵だらけの中で彼が闘い続けることができたのはなぜか。

 われわれなりの解釈を映画の後半に示した。「独裁にあなたたちを支配させてはいけない」と彼が若者たちに語る言葉だ。それが、彼のモチベーションになったのではないか。

 もう1つ、バウアーは33年に政治犯として強制収容所に収容され、政治的な転向書に署名した。ナチスに一度屈したという思いがあったのだろう。その後は49年まで亡命しており、安全な地から友人や家族が殺されていくのを見ていた。その罪悪感も、信念を曲げずに闘い続けた原動力の1つだったかもしれない。

 重要なのは、バウアーを動かしたのが復讐心ではなかったこと。民主主義的な価値観と人道的な理念のためだった。

――バウアー役について、クラウスナーとはどんな話をしたか。

 バウアーは強い個性の持ち主で、ボディランゲージと口調がかなり独特。常にぴりぴりしていて、チェーンスモーカーで......。僕らが考えたのは、それをどこまで再現するかということ。作品の全体的なトーンにも関わってくるからね。

 大切なのはディテールだった。例えば彼の家系は2世代前にドイツにやってユダヤ人だが、非常にドイツ人らしい話し方をする。中上流層のユダヤ系ドイツ人はドイツらしい言葉や文化を持ち、ドイツを心から愛していた。共生していたドイツ人とユダヤ人をナチスが分断したという歴史を考えても、バウアーがドイツ人らしいアクセントで話すことは重要だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中