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北朝鮮新年の辞で「能力不足」を認めた金正恩氏が今すべきこと
KCNA/ via REUTERS
<金正恩党委員長が「新年の辞」で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)は「最終段階」と発表したことが米メディアを中心に注目を集めている。しかし、それよりも注目すべきは、あの若き独裁者が「自分は能力不足だった」と自己批判をしたことかもしれない> (上は2016年11月22日に公表された写真)
北朝鮮の金正恩党委員長が1日、朝鮮中央テレビをなど通じ肉声で発表した「新年の辞」で、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験は最終段階」と述べ、核・ミサイル能力の高度化を誇示したことが注目を集めている。
もちろん、注目に値する発言である。ただ、射程の長大なICBMは米国を狙った「専用」の兵器であり、米国の安保を軸に考えた場合に重大な懸案となるものだ。日本や韓国はとっくの昔に実戦配備された中距離弾道ミサイルの射程に収まっており、いま改めて騒ぐようなことでもない、とも言える。
女子中学生も薬物汚染
その他の部分については追々、分析した内容を紹介しようと思うが、筆者としてはまず、次の一説に触れずにはいられない。次なるは、朝鮮中央通信が配信した「新年の辞」の公式訳の一説である。
「新しい一年が始まるこの場に立つと、私を固く信じ、一心同体となって熱烈に支持してくれる、この世で一番素晴らしいわが人民を、どうすれば神聖に、より高く戴くことができるかという心配で心が重くなります。
いつも気持ちだけで、能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りましたが、今年は一層奮発して全身全霊を打ち込み、人民のためにより多くの仕事をするつもりです」
正恩氏が、間違いなくこう言ったのである。民意によって選ばれた、どんな民主主義国家の元首にも劣らぬ殊勝な物言いではないか。海外のドラマや映画を見ただけの庶民を拷問したり殺したりする独裁者の発言とは、到底思えない。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...)
北朝鮮の最高指導者がこのような自己批判を行うのは異例であり、韓国の専門家やメディアは「新たなリーダーシップ戦略」から出たもの、との見解を示している。
聯合ニュースによれば、たとえば高麗大統一外交学部の南成旭(ナム・ソンウク)教授は「(昨年5月の)党大会により3代世襲を完成させたため、謙虚なふりをしても誰も挑戦できない。3代世襲の完了を誇示している」と分析。また、慶南大政治外交学科の金根植(キム・グンシク)教授は「住民に仕える首領、すなわち、幹部には厳格で、住民には寛大なリーダーということを訴えている」と指摘している。
いずれも、首肯できる見解と言える。
実際の正恩氏の振る舞いと言えば、ちょっとした幹部の態度に激怒して処刑。民が経済難や災害で呻吟するのをよそに、核兵器開発に拒否を費やし、徹夜のパーティーで蕩尽するという具合である。
もとより、正恩氏の殊勝な物言いは「ぶりっこ」であるのは明らかなので、これ以上ツッコミを入れたところで詮無いことと言える。
そのかわり、正恩氏に届くわずかな可能性にかけて、ひとつ提案をしてみたい。自分で言ったことをごくわずかでも実行するつもりがあるなら、国内における違法薬物の蔓延に対し、本気で取り組んではどうか。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ...「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)
正恩氏は現状においても、違法薬物の乱用を危険視し、取り締まりを厳命していると伝えられる。ただそのやり方は、密売人を処刑するといった力に頼ったものだけで、国民の情報・知識不足が蔓延の媒介となっている現実に対処できていない。だからこそ、女子中学生や幼稚園児までが薬物で汚染される事態が生じている。何より必要なのは、啓蒙なのである。
これは、北朝鮮の現体制にとっても貴重な国民を救う施策だ。正恩氏が得することはあっても、損することはない。合理的な判断ができるなら、行動を急ぐべきだ。
そしてもし、そのようなことに気づけないとするなら、正恩氏は本当の意味で「能力不足」であることが証明されるだけだ。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。