ジャニーズと戦後日本のメディア・家族(後編)
「未熟さ」の上演
〈ジャニーズ〉は、プロフェッショナルらしからぬ「未熟さ」を、自らのパフォーマンスにしばしば意識的に取り入れていた。〈ジャニーズ〉が芸能界のなかで革新的だったのは、歌って踊る少年グループとして売り出されたことだったが、それに加えて、どことなくアマチュア性のあるグループだったことである。日刊スポーツ新聞文化部の広瀬勝は、デビューから一年後の一九六五年八月に開催されたコンサートのパンフレットのなかで、「芸能界の新勢力ジャニーズ」として、〈ジャニーズ〉を次のように紹介している。
ユニークなチームだ。ボーカル・グループとしてなら彼らよりずっといいのがあるし、カワイコちゃんとしてなら舟木一夫や久保浩もいる。だがそれにリズム、つまり身体ごと動きだすダイナミズムが加わったグループとなるとジャニーズしかいない。芸能界のまったく新しい勢力だといえる。(略)
ジャニーズには清潔感がある。仕事を、授業が終わる午後三時以後にきめ、休みでないと地方には出ない、といった、学生と芸能人との区別をはっきりつけているあたりにもそれが感じられる。「クラブ活動のような気持でいろんなものを吸収していきたい」という彼らの言葉は、プロ意識の有無とは関係のない、もっと若々しいバイタリティをみせる。(『コマ・喜劇――夏の踊り/青春大騒動』梅田コマ・スタジアム、一九六五年八月)
〈ジャニーズ〉は、デューク・エイセスのようなボーカル・グループとは違うし、舟木一夫・西郷輝彦・橋幸夫の「御三家」とも違う、歌って踊る少年グループだった)(4) 。しかも、彼らは、学校にしっかり通っていることが強調され、「クラブ活動」の感覚で芸能活動を展開していたことに独自性があった。
学生であり、芸能人でもあるような二面性は、プロに徹していないとの批判を呼んだ(和泉一九七六:五二)。ジャニー喜多川自身も、彼らの公演は「学芸会みたいだと言われた」と述べているが、それはテレビ時代には必ずしも欠点とはならなかった。〈ジャニーズ〉にインタビューした作家の平岩弓枝は、彼らはなまじっか中流の家庭に育っているために芸能人としての必死さがなく、その人気は「素人っぽいところにある」と指摘した(平岩弓枝・ジャニーズ「若さの魅力ジャニーズ」『マドモアゼル』一九六五年一一月)。
ジャニー喜多川は、学生らしいアマチュア性を前面に打ち出し、既存の芸能界の常識を打ち破り、テレビ時代の新勢力を築こうとした。このような学生像は、たとえば十年ほど前の「太陽族」の学生像とも、安保闘争で話題をさらった唐牛健太郎のような学生像とも、根本的に異なっていた。「未熟さ」を上演していくうえで、ジャニー喜多川がこだわったのは「少年らしさ」であった。