最新記事

日本社会

ジャニーズと戦後日本のメディア・家族(後編)

2016年12月29日(木)11時03分
周東美材(東京大学大学院情報学環特任助教)※アステイオン85より転載

〈ジャニーズ〉の後輩フォーリーブスの江木俊夫によれば、ジャニー喜多川は、素朴な感性をもち、ひたむきに夢を追いかけるような少年を採用の基準とした。ジャニー喜多川は、その子どもの顔つきを見ただけで「星の王子さま」のようなアイドルとしての資質の有無を見抜いたという。そのため、ジャニー喜多川自身も、どんなときも「子供心をくずさない気持ち」で、少年たちに接していたし、自宅のレッスン場には「大人の世界の空気を感じさせるようなもの」はいっさいなかったという(江木・小菅一九九七:一九‐二一、六八)。「ジャニーズ・ジュニア」という仕組みは、このような「未熟」で「少年らしい」アイドルたちが絶えず送り出される次世代育成・再生産システムとして機能しており、ジャニーズ事務所の核心だったといえる。ジャニーズ・ジュニアの結成は早く、〈ジャニーズ〉のバック・バンドとしてすでに活動していた(図2 ※アステイオン本誌には掲載)。

 ジャニーズ事務所のアイドルたちが、子どもじみた「未熟さ」を演じて親しみやすいキャラクターを作り上げていったのは、とりもなおさず、テレビを視聴する近代家族を意識してのことであった。〈ジャニーズ〉は『マーガレット』のような雑誌にグラビアが掲載されるなどして少女ファンを取り込んではいたが、ジャニー喜多川は、そのうえさらに、ファンの両親にも好感をもたれる清潔なアイドル、「コンサートに家族連れで行けるようなアイドル」となることを求めた。それは、家族を味方につければ「ファンが連綿と引き継がれていく、というもくろみ」があってのことだった(江木・小菅一九九七:七三)。実際、〈ジャニーズ〉に寄せられたファン・レターの半分は大人たちからのものだったという(中谷一九八九:一三〇)。楽曲も家族向けを意識して作られていたと思われ、なかには「ホーム・ソング調」と評された楽曲もあった(渡辺音楽出版株式会社『黄金の椅子1――ジャニーズ・ヒット・アルバム』国際音楽出版社、発行年不明)。

「ジャニーズ」はファンの家族を巻き込んでいったばかりでなく、ファンたちを「ファミリー」と呼び、「家族」というメタファーをつうじてアイドルを消費する仕組みを作り上げてもいた。現在でも、「ジャニーズ」のファン・クラブは「ファミリー・クラブ」と呼ばれており、台湾のファンたちもまた「傑尼斯家族(ジャニーズ・ファミリー)」と呼ばれている。「ジャニーズ」は一家団欒、子ども中心主義、ヘテロセクシズムといった近代家族的な規範の再生産に寄与したのであり、これに対して挑戦を突きつけることはまずなかった。

【参考記事】SMAP解散危機、ベッキー騒動は「ニュース」なのか?

*本稿は、二〇一六年度サントリー文化財団「知」の試み研究会、ならびにJSPS科研費26870168の研究成果の一部である。本稿で使用した図版はすべて筆者所蔵。

[注]
(4)「御三家」に比べれば、〈ジャニーズ〉は格下扱いだった。たとえば、一九六五年公開の映画「あの雲に歌おう」では、西郷輝彦が友情出演で注目を集め、主題歌も歌ったのに対し、〈ジャニーズ〉は脇役に過ぎず、見どころといえば劇中で唐突に歌われる《若い涙》の歌唱シーンだけだった。そもそも〈ジャニーズ〉は、映画では主演の機会に恵まれなかった。

周東美材(Yoshiki Shuto)
1980年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、博士(社会情報学)。首都大学東京、東京音楽大学等の講師。専攻は文化社会学。著書に『童謡の近代――メディアの変容と子ども文化』(岩波書店、日本童謡賞・特別賞、日本児童文学会奨励賞)、『カワイイ文化とテクノロジーの隠れた関係』(共著、東京電機大学出版局、日本感性工学会出版賞)、『文化社会学の条件――二〇世紀日本における知識人と大衆』(共著、日本図書センター)など。


※当記事は「アステイオン85」からの転載記事です。

asteionlogo200.jpg






『アステイオン85』
 特集「科学論の挑戦」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

仏予算は楽観的、財政目標は未達の恐れ=独立機関

ビジネス

焦点:トランプ関税、米側がコスト負担の実態 じわり

ワールド

世界の石油市場、OPECプラス増産で供給過剰へ I

ワールド

台湾、中国からのサイバー攻撃17%増 SNS介した
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 9
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 10
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中