トルコという難民の「ダム」は決壊するのか

2016年11月30日(水)17時30分
望月優大

 トルコが受け入れる難民の数は膨大で、2015年末時点で254万人にのぼる。トルコの人口が7900万人弱であるから、人口の3%を超える数の難民を受け入れているということになり、その規模はドイツなど積極的に難民を受け入れていると言われている国と比較しても桁違いと言ってよいレベルのものだ。

20161126171214.png(難民の受入数国別ランキング / UNHCR - Global Trends : Forced Displacesment in 2015

 理由の一つは地理的なものである。すなわち、トルコはその他の国々よりも難民発生国からの距離が圧倒的に近い。

20161126171657.png(難民の発生数国別ランキング / UNHCR - Global Trends : Forced Displacesment in 2015

 近年における世界最大の難民発生国はシリアであり、トルコはその南部にシリアとの長い国境を有している。逆の視点で見れば、シリアが国境を接している国はトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、イスラエルの5カ国しかなく、シリアから陸路で国境を越えようとする場合の選択肢は非常に限られている。

 難民受入国のランキング上位の多くはこうした難民発生国の近隣国が占めており、トルコを始めとするこうした国々はそれらより地理的に遠くに存在する国との関係ではある種の緩衝地帯、言い換えれば巨大な「ダム」のような役割を果たしている。

 2015年に起きたことは、このダムからの放流の量が増加し、下流であるヨーロッパに流れ込む難民の量が増加したと理解することができる。逆に言えば、2016年3月のEU-トルコ間合意においてEU側が企図したことは、このダムの放流の量を改めて抑制しようということであった。

20161126175758.png(UNHCR - Refugees/Migrants Emergency Response - Mediterranean

 今回のエルドアンの「脅し」は、まさにこのEU側の意図に逆らう形で、そちらが合意内容を履行しないのであればこちらもそうしますよ、すなわちこれまで抑制していた放流の量を増やしますよ、ということを言っているわけである。

20161126175748.png(UNHCR - Refugees/Migrants Emergency Response - Mediterranean

 2016年3月以降の合意以降、一気に難民流入の数が減少しているという現実を背景にした、非常に強い脅しであると言えるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に

ビジネス

トランプ氏、財務長官に投資家ベッセント氏指名 減税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中