最新記事

「国境なき医師団」を訪ねる

ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々

2016年9月20日(火)16時00分
いとうせいこう

ケアの現場へ移動する

 角を曲がってすぐにそれはあった。

 政治的宗教的抑圧を受け、拷問にあった人々を"実際に治療"している場所だった。ビルのワンフロアがそうだった。

入り口に臨床心理士の男性が待っていてくれた。挨拶してさらに奥に入ると、すぐ右側に黒いヒジャブをかぶったアラブ人の女性が二人(親子だったろうか)、身を寄せて座っていた。シェリーが気を遣ってスタッフに質問すると、彼女たちは患者というわけではないようだった。

 シェリーについて歩き、ぐるりとフロアの中の部屋を回った。

 「ここは体力を検査する場所」

 確かに簡素な運動マシンが中に置いてあった。そうか、体力測定までするのと不思議な気持ちになっていると、きわめてそっけなくシェリーから"拷問を受けた者がいかに身体を弱らされるか"の話があった。

 女性専用のセラピー室もあった。

 ヨガグループが来て教室を開いて、レクリエーションを通した心身のケアをすることもあるそうだった。

 メインの診療室も見せてもらった。一日6人程度が、初診なら一人3時間じっくりと診療とカウンセリングを受けると聞いた。

 あちこちにとても明るい女性スタッフがいて、俺たちはまた握手して歩いた。彼女たちのほとんどが文化的仲介者(カルチュラル・メディエーター)という重要な役割を果たしていて、(これはのちのちギリシャの難民支援活動に非常に特徴的で大きな存在だとわかるのだが)要するにシリアからイラクからエジプトからアフガニスタンから逃げてくる人々に応じて、言葉を通訳し、それぞれの慣習を医師に説明し、また患者にこちらの支援方針や内容を理解してもらうのである。

 患者になる人はたいてい英語を話せない。さらに宗教的な都合を持っている。女性がしてはならないことがある。治療者側がよかれと思っても、ケアを受ける側がまた抑圧だと感じてしまってはいけない。

 そういう観点から、難民支援には文化的仲介者(カルチュラル・メディエーター)が不可欠で、しかもそれぞれがもともと難民として移動して来たことが多く、だからこそ気持ちもニーズもよくわかり、さらに難民の雇用をも生み出しているというわけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

グリーンランドに「フリーダムシティ」構想、米ハイテ

ワールド

焦点:「化粧品と性玩具」の小包が連続爆発、欧州襲う

ワールド

米とウクライナ、鉱物資源アクセス巡り協議 打開困難

ビジネス

米国株式市場=反発、ダウ619ドル高 波乱続くとの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助けを求める目」とその結末
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    米ステルス戦闘機とロシア軍用機2機が「超近接飛行」…
  • 7
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 8
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    関税ショックは株だけじゃない、米国債の信用崩壊も…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助…
  • 9
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 10
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中