ギリシャの『国境なき医師団』で聞く、「今、ここで起きていること」
実際は一対一などではないと俺は思う。あえて言えば、あらゆる国の難民たちがシリア難民に権利を譲らされるのに近い状況なのだ。世界政治の複雑怪奇さが生み出した、これは非情な数学なのに違いない。
シリアの中でアサド政権と反政府勢力が戦い、ISが勢力拡大を狙い、政権側のバックにロシアがいて、反政府軍はアメリカに支援を受ける。かの国の中の政治状況は泥沼化の一途をたどっている。シリアだけで1000万人以上の難民・避難民という現実から、その危機がいかに大きいかわかる。
そこに、まずEUは援助をする。
けれど、難民はアフガニスタンからも来るのだ。
アフリカ諸国からも来る。
イラクからもやって来る。
彼らは見捨てられ、日々増加し続けている。
(@MSF_sea←例えばこのツイッターアカウントをのぞいてみて欲しい。今日どんなゴムボートが救助されたか、沈んでしまったかが日々報告されているから)
「イドメニに今は3000人」
マリエッタさんは黒く大きな瞳をこちらに向けて言った。左手の指先はマケドニア国境を差していた。
「それから市内のエリニコ、ここは昔空港だった敷地ですが、そこに1000人。他にも市内には700人。テルモピレス難民キャンプに200人」
示される場所は次々変わった。全土あちこちへと指は動いた。様々なギリシャの地名を俺はおかげで知った。
「あなたがたが取材する予定の市内のピレウス港にもまだ1300人が残っています。なにしろ私たちのギリシャ全体の約50のキャンプに5万5千を超える難民の方々がいるんですから」
MSFはそのうち、アテネ市内、イドメニ、レスボスやサモスなどのエーゲ海の島々で医療を提供し、他の援助団体との連携の中で多くの救護活動をしていた。
あたかもひとつの国の中で静かな戦争が起こっており、見えない怪我や死を迎える他者が少しずつ固まって収容所が出来ているかのようだった。経済破綻で強いイメージを作ってしまったギリシャは、同時にそうした不可視の内紛がモザイク状に展開する国と化していた。