最新記事

社会思想

レイシズム2.0としての「アイデンティタリアニズム」

2016年9月12日(月)18時05分
八田真行(駿河台大学経済経営学部専任講師、GLOCOM客員研究員)

Carlo Allegri-REUTERS

<オルタナ右翼(alt-right)と呼ばれるもう一つの右翼・保守思想が注目を集めているが、その考えを理解する鍵となるのが、ヨーロッパでも広がる「アイデンティタリアニズム」という動きだ>

オルタナ右翼を理解する上で鍵となる「アイデンティタリアニズム」

 しばらく前、「はっきり呼ぼう、alt-right(オルタナ右翼)はまごうことなきレイシストだと」(Call the 'Alt-Right' Movement What It Is: Racist as Hell)という記事がRolling Stoneのウェブサイトに掲載された。

 確かに、オルタナ右翼の言動にはいわゆるレイシスト的要素が色濃く感じられる。その一方で、少なからぬ数のオルタナ右翼が、自分たちはレイシストではないと主張してもいるのである。もちろん単なる詭弁、言い逃れという面もあるのだが、彼らの言い分を少し追ってみたい。

【参考記事】アメリカの「ネトウヨ」と「新反動主義」

 理解する上で鍵となるのは、「アイデンティタリアニズム」(Identitarianism)という思想ではないかと私は思う。オルタナ右翼の代表的な論客の一人であり、「alt-right」という語を考案したとされるリチャード・B・スペンサーは、自身をアイデンティタリアンだと規定している。

 スペンサーが編集主幹を務めるオンラインメディアRadix Journalでは、昨年「私がアイデンティタリアンである理由」がテーマのエッセイ・コンテストを開催していた。それに寄せたコメントで、彼はアイデンティタリアニズムについて以下のように述べている。


 第一に、アイデンティタリアニズムとは、アイデンティティを精神的、知的、(メタ)政治的運動の中心に、そして中核的な問題に据える思想である。言い換えれば、アイデンティタリアニズムは、経済や人権、公共および外交政策等々に関する単なる一論点ではない。アイデンティタリアニズムとは、こうした問題の全て(他にもいろいろあるだろう)は、より大きな問いを問うことによってのみ解決できるという主張である。それは、我々は何者なのか?我々は何者であったのか?我々は何者になるのか?という問いだ。そして、アイデンティティとは、(そうである場合もあるが)単なる血の呼び声ではない。

 第二に、アイデンティタリアニズムは20世紀において標準的な、左翼/右翼の二分法を回避する(多くのアイデンティタリアンは右翼出身だが)。アイデンティタリアニズムは、今までと異なる新たな視点、そしてしばしば「左派」や「右派」として切り分けられてしまうエネルギーの統合に対して開かれている。「自由市場」「社会正義」あるいは「世界平和」とは我々にとって何であるのか、そのような語の意味を問い、そして我々の将来にとってそれらがどのような意味を持つのかを判断する必要がある。

 第三に、アイデンティタリアニズムは「ナショナリズム」という語、およびその歴史と言外の意味を回避する。実際、アイデンティタリアンの中心的意図の一つは、ヨーロッパにおける「他者」への憎悪の咎で断罪された、最近の歴史的記憶におけるナショナリズムの克服である。

 小難しく書かれているので意味が分かりにくいが、それでも何を言いたいかはだいたい分かる。まず、アイデンティタリアニズムは、ようはアイデンティティ至上主義なのである。ここで言うアイデンティティとは、ある集団が持つ文化や慣習、価値観を意味するようだ。スペンサーのようなアメリカの白人にとっては、それは西洋的な文化や慣習、価値観ということになろう。アイデンティティの問題が、経済的メリットや外交的配慮等に優先する、というのがアイデンティタリアニズムの基本的な主張ということになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

製造業PMI11月は49.0に低下、サービス業は2

ワールド

シンガポールGDP、第3四半期は前年比5.4%増に

ビジネス

中国百度、7─9月期の売上高3%減 広告収入振るわ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中