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沖縄の護国神社(1)

2016年8月13日(土)06時42分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

 沖縄では一九一〇(明治四三)年に招魂社ができ、一九四〇(昭和十五)年七月に内務大臣指定の護国神社となった。その時点での祭神数は、日清戦争一柱、日露戦争一九五柱、満州事変二七柱など、計三一〇柱でしかない。当時の社司だった長嶺牛清の記憶によれば、「オ宮ノ状況ハ実ニミスボラシイ有様」で、仮本殿や拝殿も掘っ建ての「御粗末極マル」ものだったという。その年の十月の例大祭で支那事変四六柱、一九四一(昭和十六)年十月に大東亜戦争三二六柱、一九四三(昭和十八)年十月、大東亜戦争二四四柱が合祀されたが、沖縄にとって「近代日本の戦争」はまだ遠い火事だった。

 戦時中の神社がどんな様子だったかは、あまりよく分かっていない。開戦と同時に交代した社司は在郷軍人沖縄分会長で陸軍中尉の肩書ももち、一九四五(昭和二〇)年五月に戦死した。関係資料の殆どが戦闘で失われ、かろうじて戦火を免れた記録類も戦後の混乱期に散逸したという。だが今回、米海兵隊が六月二十八日に撮った写真を公文書館で見つけた。これを見ると、境内は戦火を免れたことがわかる(図1 *本記事冒頭の写真)。

【参考記事】Picture Power「あの時代」と今を繋ぐ 旧日本領の鳥居

 ところが、長嶺の記録『護国神社の今昔と将来』によれば、戦後少しして神社を訪れてみると、「全ク涕ナクテハ拜マレナイ御姿」に変わり果てていたらしい。那覇周辺での戦闘が終わった時期の海兵隊写真には本殿や灯籠が写っているが、それらの基礎部分しか残っていなかった。樫の木でできた第二鳥居も、長嶺が一九四六(昭和二一)年二月に収容所から帰されたトラックからは確かに見えたはずが、いつの間にか忽然と姿を消して木切れ一片すら見当たらなかった。さらに後に見に行くと、境内には「豚小屋同様ナミスボラシイバラック」が建ち、石灯籠や玉垣も消えていたという。

 とはいえ、戦後に境内が荒廃したのは護国神社に限らない。波上宮(なみのうえぐう)は戦火に残った階段や参道の敷石まですべて剝ぎとられ、 世持(よもち)神社の拝殿は納骨堂になった。神も仏もない戦場で鴻毛(こうもう)より軽い死をくぐり抜けた者にとって、宗教施設の神聖どころでなかったのも無理はない。生き残った者は生きることに精一杯だった。

 護国神社には社務所だけが残ったが、 国場(こくば)幸太郎が住んでいた。佐野眞一が「沖縄のゴッドファーザー」と称した「沖縄財界の総帥」で、沖縄最大の建設会社・国場組創設者として知られる。戦時中は日本軍から請け負って沖縄中の飛行場を建設し、戦後は米軍の下で基地関係施設を建設し、本土復帰後は公共工事を次々に引き受けてきた。一族から国会議員も輩出し続ける沖縄版「華麗なる一族」の家長である。

 国場組の社史によれば、終戦の頃、境内には日本軍捕虜収容所と米軍の宿舎が設けられ、焼け残った社務所は米軍の隊長宿舎に用いられた。終戦後、近くの那覇港にアメリカから物資が陸揚げされ、境内の簡易宿舎は港湾労働者の住宅に転用される。昭和二一年十二月、アメリカ軍政府は国場を二〇〇〇人以上の労働者を束ねる「総支配人」に指名し、社務所の建物を「支配人宿舎」として割り当てたそうだ。国場は大富豪だったはずだが、最晩年まで社務所を増改築して住み続けた。

 労働者住宅となったバラック住宅は復帰後まで長く残り、神社の敷地の範囲も分からない状態だった。

※第2回:沖縄の護国神社(2)はこちら

[注]
(1)鳥居に関する余談だが、沖縄には神社は少ないが鳥居は多い。来訪神を祀る御嶽という聖地は何も置かれないものだが、鳥居だけ建てられることがある。また、在沖アメリカ軍基地にも鳥居が多い。基地のゲートや看板によく描かれ、随所に小さな鳥居の模型が立つ。特にグリーンベレーが駐留する通信施設は「トリイステーション」と呼ばれ、入り口に大きな鳥居が横に二つ並んで奇妙である。なぜ軍事基地に鳥居なのか、米軍に問い合わせた神社関係者はまだないらしい。「では、問い合わせましょう」とうちの宮司を促すと、断固拒否された。

(2)日本兵が見えると言う米軍基地の住人、深夜になると無意識に南部へ「撤退」するようになった公務員、修学旅行でガマ(戦時中、壕の代わりに使われた洞窟)に入れられて以来「ついてきた」と怯えて歩けなくなった生徒、何かのはずみで動物のような振舞いをするようになった「狐憑き」の人などがいた。驚くべきことに、いずれもお祓いで快復したそうだ。二一世紀の日本でこんな話は信じがたく、子供の友人母(いわゆるママ友)で大病院の精神科医にそっと話してみると、「ああ、うちにもよく来ます。薬が効く人と効かない人がいて、効かない人は霊のせいかも」と事もなげに言われた。

[執筆者]
宮武実知子(主婦) Michiko Miyatake
1972年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程(社会学専攻)単位取得退学。日本学術研究会特別研究員(国際日本文化研究センター所属)や非常勤講師などを経て、現在は沖縄県宜野湾市在住。訳書に、ジョージ・L・モッセ『英霊』(柏書房)などがある。現在、新潮社『webでも考える人』で「チャーリーさんのタコスの味―ある沖縄史」を連載中。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。
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『アステイオン84』
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