最新記事

歴史

沖縄の護国神社(1)

2016年8月13日(土)06時42分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

 だからだろうか、現代の感覚では非合理と思えるものへの抵抗感が少なく、「サーダカーな人(霊的な位相の高い人)」や予知夢の存在が当たり前に信じられ、さまざまな新興宗教が支部を構えて栄える。アメリカ占領時代の名残でキリスト教も強く、町に小規模な教会をよく見かける。これら新興の外来信仰が、沖縄の厳格な祖先祭祀から零れ落ちた人を掬い上げる役割を果たしてもいる。

 多様で層の厚い宗教文化の地では、内地で圧倒的な存在の仏教や神社神道すらひとつの外来信仰にすぎない。

 沖縄に仏教が来たのは十三世紀半ば。補陀落渡海(ふだらくとかい)で流れ着いた禅鑑という僧が伝えたと言われる。補陀落渡海とは南の浄土を目指して小さな箱舟で僧侶を海に流した習慣で、那智勝浦が有名である。筆者も昔、井上靖の小説『補陀落渡海紀』に描かれた僧の懊悩を読んで暗い気持ちになった覚えがあるが、太平洋を渡って沖縄まで着いた舟があったとは史実は小説より奇なり。ちなみに勝浦の補陀落山寺の場合、僧侶を入れた箱の四方に鳥居が四つ立っていたとされる。沖縄の仏教が鳥居を立てて到来したかもしれないとは密かに痛快だ(1)。

 やがて十六世紀前半にやはり補陀落渡海で来た日秀という僧が、沖縄で真言宗と熊野信仰とを広めた。その後、次第に寺院の数も増えたが、仏教は国家鎮護を祈る場と捉えられ、広く一般の信仰の対象とはならなかった。現在でも沖縄の寺では、宗派の区別はなく、境内に墓がなく、よって檀家というものもない。観光寺院の類もなくて、道教の寺院のほうが観光客を集める。

 一方、神道の伝来は日秀より早い十五世紀と言われるが、確かな年代や経緯は分かっていない。十五、六世紀頃は琉球王朝の黄金期にあたり、各国との交易や交流が盛んだった。その際、当時の日本で流行していた熊野信仰が商人や僧侶らによって持ち込まれたらしい。この新しい外来の神は琉球の神々より強い力を持つと思われ、王家や役人らに信仰され、首里や那覇といった政治経済の中心地に社が建てられた。それが沖縄における神社の始まりと考えられている。

 そんなわけで、今も沖縄では、神主は「ユタの男性版」だと誤解されることも多い。「神社の人なら見えるんでしょ?」と期待され、エクソシストか霊媒師のような案件が持ち込まれることもある(2)。実に多様なものが混然と共存した信仰文化なのである。

沖縄戦と護国神社

「新しい」宗教である神道のうちでも、護国神社そのものが神社界の新興宗教である。

 護国神社については先行研究が少なく、特に沖縄の護国神社や神道を扱った活字資料は、長く事務局長を務めた義父・加治順正と現宮司が書いたものが基本になる。以下の神社史の多くは、加治順正がほぼ一人で仕上げた社史『沖縄県護国神社の歩み』(二〇〇〇年、以下『歩み』と略称)に基づく。

 一般に護国神社の起源は幕末維新期の官軍側の死者を祀った招魂社にあり、やがて近代日本の戦争で国に殉じた郷土出身者を合祀していった。戊辰戦争に縁の深い京都や鹿児島では創建が早く(慶応四年)、たいていは一県一社、北海道や岐阜県には三社ある。神奈川県は一社もなく、東京の招魂社が靖國神社となったため東京都の護国神社というものも存在しない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中