時速100キロで爆走する「老人用ハンドル型電動車椅子」
なぜ代歩車は消滅しないのか?
代歩車問題を取り上げたCCTVの特番は社会的影響力が大きい。たんに番組が流れて終わりではない。特番の号令一下、あらゆる媒体が一斉になって叩きまくる残酷ショーが繰り広げられる。2013年には、米政府とも丁々発止のやりとりを繰り広げる米アップル社がささいな問題で謝罪に追い込まれたほどだ(参考記事:アップルも撃沈させた中国一恐ろしいテレビ特番、今年の被害者は?)。
となれば、吹けば飛ぶような中小メーカーが製造している代歩車など消えてなくなっていても不思議ではないのだが、放送から2年余りが過ぎた今もいまだに元気に走り回っているという。2016年7月4日付「新京報」によると、北京市郊外でも代歩車はよく見かける存在で、法律上は車ではないことをいいことに一方通行を逆走したり、駐車禁止も守らなかったり、ひどい場合には歩道を走ったりと問題が山積していると報じている。
「中国政府は民主活動家をつかまえるのは熱心なのに、いい加減な車を作っているメーカーを取り締まらないのか!」と、外国人のみならず中国人からも文句の声が上がっているが、消滅しないのは強い需要があるためだ。
代歩車が使われているのは、都市郊外や農村地域の中心部。免許証、保険、ナンバープレート不要というブラックな魅力もさることながら、普通乗用車と比べて激安で、ランニングコストも安く、そしてそれなりに実用に耐える点が郊外や農村の消費者に評価されているようだ。自動車の基準で電気自動車を作るとどうしても価格が割高になってしまうが、ゼロベースから組み立てれば値段を一気に下げることができる。あるいは代歩車という"走る凶器"から後の世界的電気自動車メーカーが出てきても不思議ではない。
法的規制が弱く技術的ハードルが低い分野に大量のプレイヤーが参入し、激しい競争の結果として、価格と品質のバランスが取れた製品を開発していく。こうした中国型イノベーションは少なくない。典型例が携帯電話だろう。中国携帯電話業界といえば、かつてはニセモノと粗悪品が跋扈する世界。マンションの一室を借りて手作業で組み立てて販売するメーカーも少なくなかった。しかし、そうした有象無象のメーカーが激烈な競争を繰り広げた結果、コストパフォーマンスでは無敵の実力を誇る携帯電話の製造が可能となり、いくつもの世界的なメーカーが生まれている。
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生き馬の目を抜く競争が続き、規制の網をかいくぐった結果、老人用代歩車のように死亡事故まで起きるとあっては安心できる社会とは言いがたい。その一方で、規制でがんじがらめとなり経済的活力が生まれない社会もせつないもの。そう考えると、日本と中国の中間ぐらいにバランスのとれた社会がありそうなものなのだが。
――という話をしたところ、ある中国人の友人から思いも寄らぬ回答を寄せられた。「活力がある中国で稼いで、安心できる日本で暮らせばいいんだよ」と。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。