最新記事

欧州難民危機

欧州への難民は減った。しかし難民危機は去ったのか? その現状と課題

2016年6月14日(火)16時10分
佐藤俊輔

<トルコからギリシャへと渡る難民の波は、大きく減じた。しかし、問題が解決されたわけではない。欧州難民危機の現状と、残される課題は...>
(写真:ギリシャ-マケドニア国境の移民・難民キャンプ  Alexandros Avramidis - REUTERS)

欧州の難民危機は一旦小康状態を迎えたが...

 2015年の夏以来、欧州は100万人を超える未曽有の難民の波と向き合ってきた。
 しかし今年3月にバルカン・ルートと呼ばれるギリシャからシェンゲンへと至る道筋が閉ざされ、加えてEUとトルコの間で結ばれた協定によってトルコからギリシャへの不法移民はトルコへ送還されることとなったことで、トルコからギリシャへと渡る難民の波はその規模を大きく減じている。

 UNHCRによれば、一時期は日に5000人を超えることもあったギリシャへの人の移動は、現在では日に100人前後、少ない時には0人という報告がなされる日も出てきており、難民危機の実質をEUが統御できないほどの大量の人の移動が起きることだと考えるならば、この意味での危機は一旦小康状態を迎えたと言えるようだ。

 他方でEUがいまだ多くの点で不確実性や課題を抱えていることは指摘しておく必要がある。
 第1にEUとトルコの間で結ばれた協定そのものの実効性および正統性の問題がある。この協定については様々な角度から批判が提出されているが、何よりもトルコでの避難民の生活環境が劣悪である点が多くの国際NGOによって批判されている。加えて、送還された際に一時的保護が与えられるシリア人以外の人々(多くはアフガニスタンやパキスタンから逃れた人々)はトルコで保護を申請できず、人権が保障されないとの問題が指摘される。

【参考記事】EU-トルコ協定の意義と課題

 現在までに送還された人々は多くないとはいえ、このようなトルコの実情はEUにとっても協定の規範的正統性を危うくすることになるであろうし、協定がトルコ人に対するシェンゲン圏のビザ自由化を認めることとあたかも交換条件のような形で結ばれたことも協定の実際的存続を不確実なものとしている。

ギリシャの国境管理能力を取り戻すことが焦眉の課題

 第2にEUがギリシャからバルカンへ至る難民の道においてコントロールを取り戻したことは、必ずしもEU内で国境管理をめぐる課題が解消されたことを意味しない。特にギリシャの国境管理能力を取り戻すことが焦眉の課題である。

 日本でもシェンゲン崩壊という言葉が一時期取り上げられていたが、実のところ国境管理の再導入は昨年からドイツやオーストリア、フランスなどで行われており、5月12日のEU理事会の決定によって、域外国境管理の欠陥が回復されるまでという条件で、改めてオーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、オランダの一部国境で最大6か月間の国境審査の再導入が決定された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英総合PMI、4月速報48.2 貿易戦争で50割れ

ビジネス

円債は償還多く残高減も「買い目線」、長期・超長期債

ビジネス

中国の越境金融サービス促進、人民元国際化に寄与=人

ビジネス

日産2000億円追加投資、トヨタ・ホンダ現地開発E
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 10
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中