最新記事

イギリス

英EU離脱投票:暴走するワーキングクラスの怒り

2016年6月21日(火)16時15分
ブレイディみかこ

Peter Nicholls -REUTERS

<国民投票の投票権は都市のインテリ層だけが握っているわけではない。不満を抱えている庶民たちの方が数は多い。「EUは労働者にやさしい」というレトリックもそうした人々には説得力がないのだ...>(写真:残留を呼び掛ける労働党党首コービン)

ユーロ2016とEU離脱投票

 サッカーのユーロ2016が開催されているフランスのイングランド代表サポーターたちと、EU離脱投票で揺れる英国のムードをリンクさせて記事を書いているのはガーディアンのコラムニスト、ポリー・トインビーだ。


マルセイユのイングランド代表ファンの群れは明快だ。「ファック・オフ、ヨーロッパ!俺たちは離脱に投票する」。彼らはそう叫んでいる。そして私は、もっと行儀よく、けれども自分の耳を塞ぐような頑なな姿勢で同じことを口にする人たちと話しながら一週間過ごした。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can't control" by Polly Toynbee

 彼女はロンドンの労働党本部で、ボランティアの若者たちと一緒に、労働党支持者たちにEU残留票を投じるよう呼びかける電話をかけていたという。北部のノッティンガムシャーの労働党支持者のリストを渡された彼女たちは、そこで圧倒的多数の人々が電話で「離脱!」「離脱!」と訴えるのを聞いたという。

 トインビーは彼らの声から激しい怒りを感じたそうだ。「俺は生涯労働党を支持してきたが、今回は離脱に入れる」「我々はもうパンパンだ。悪いがこれ以上の人々は受け入れられない。医者に会う予約を入れるのも大変で、英国人の子供が行きたい学校に通えず、家も足りない」「国民のことをまず考えてくれ」と言う人々に「それは移民のせいではなく、保守党政権が緊縮財政で予算を削減しているからです」と説得しようとしても、「移民から先に何でも与えられる」と先方は答えるらしい。トインビーはその場に2つの全く正反対の人々の姿を見たという。


ここにあるのは2つの和解できない人々の顔。ノッティンガムの伝統的な年長の労働党支持者たち。そして彼らを十分に説得することができない、若く、熱意に溢れたロンドンの大卒の若者たち。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can't control" by Polly Toynbee

 ノッティンガムといえばダイハードなワーキングクラス地域として知られている。後者の大卒の若いボランティアたちは、昨年の党首選でジェレミー・コービンを熱烈に支持した若者たちの象徴だろう。コービンが昨年労働党党首選で奇跡の勝利を果たしたとき、この2つの層は再び同じ党首のもとに団結したように見えた。が、EU離脱問題でまたほころびが目立ち始めた。トインビーは電話で話した北部の労働党支持者たちから得た感触をこう書く。


「エリート」へのアンチ発言がさらに激しくなるだろう。アンチ議会、アンチ政治、彼らはもうデモクラシーに飽き飽きしている。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can't control" by Polly Toynbee

 サッカーのW杯やユーロの開催時といえば、下層の街の家々の窓にびらびら聖ジョージ旗が下がる時期でもある。これでイングランド代表がまた例によって死闘の末に惜敗するような劇的な試合でもあれば、庶民の怒りと絶望は最高潮に達し、そのまま猛然とEUにファック・オフをかますんじゃないかとさえ思える。国民投票の投票権は一部の都市のインテリ層だけが握っているわけではないのだ。全国津々浦々で不満を抱えている庶民たちの方が数は多い。そのことを忘れ、政治家も有識者もストリートのムードを知ろうとしなかったからこそ、スコットランド独立投票であれほどパニックしたのではなかったか。

EUは労働者にやさしいのか

 これまで一般に、保守党支持者と比べて労働党支持者は残留支持が多いと言われ、残留を唱えるキャメロン首相は、実は労働党支持者の票をあてにしてきたとも言われてきた。

 実際、労働者はEUの規制に守られていたほうが権利を維持できるのだというのは労働者の街でも一般論だ。保守党政権は昨年の総選挙後、組合のストライキを困難にしようとしたり、組合から労働党への献金にも規制をかけようとしてきたからだ。

 EU懐疑派のコービンは、EUはデモクラティックな組織ではないとしながらも、「EUから抜けると保守党の労働者への締め付けに抑制が効かなくなる」と主張して残留を呼び掛けてきた。


コービンは、EUに残留することは「有給休暇や差別禁止の規制、産休、父親の育児休暇、そしてとりわけ環境保護」を守ることになると言う。

出典:BBC NEWS:"EU referendum: Vote Remain to protect workers' rights, says Corbyn"

 だが、これに対する離脱派の反論は、「規制が少なくなればもっと雇用が創出される」「規制が必要かどうかは英国民が自分たちで決めるべき」だ。労働党では、議員の4%が離脱を支持しているにもかかわらず、党員となると44%が離脱を支持しているという調査結果もある。離脱派の労働党議員フランク・フィールドはこう書いている。


僕は労働党の同僚たちに、我が党の改革の歴史と英国民の良識にもっとプライドを持ってほしい。(中略)有給休暇から最低賃金まで、クレメント・アトリーやハロルド・ウィルソンやトニー・ブレアは、それらを実現するのにあたってEU官僚からの強制は必要なかった。英国の社会権は、幾度も世界を先駆けるものとなってきた。それに、保守党政権が我々の基本的な権利を侵そうとすれば、彼らは英国北部の街で支持を伸ばそうという野望を果たすことはできないだろうと僕は確信している。

出典:Guardian:"Brexit would help us control immigration. Like me, many Labour voters want out" by Frank Field

 加え、わたしの周囲の中高年労働者がよく言っているのは「そんなにEUが労働者を保護するなら、どうしてギリシャやスペイン、ポルトガルでは50%近い若者が失業しているんだ」ということだ。「EUは労働者にやさしい」というレトリックは地べたの人々には説得力がない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中