行動経済学はマーケティングの「万能酸」になる
システム1は、「今、ここ」で起きている事象に一瞬にしてフォーカスし、自動的にすばやく処理をする。ときに間違いを犯すこともあるが、その瞬間には最善と考えられる判断をする。
私たちは、システム1が自らのコントロール下にあり、そこでの判断は自分自身が下したものであると思いたい。おそらくそのように見なすことが、マーケティングや広報、調査などに関わる人々にとっては重要なのだろう。しかし、私たちの判断の大部分は、私たちのコントロールの及ばない要素によって行われることを、行動経済学は示している。自分が自分の行動や判断をすべてコントロールできるというのは幻想にすぎないのだ。
私たちは、進化の過程で適者生存と繁殖のチャンスをできるだけ広げるべく物事を判断し、行動してきた。そのチャンスを逃さないように、システム1の処理が「緊急」や「瞬時」に偏っているのである。
その結果、私たちは未来を予測するのが苦手になった。現在のことだけを考えて行動しがちなのだ。ふだん私たちが「予測」と思っているものの大半は、実は本当の予測ではない。社会心理学者のダニエル・ギルバートが「ネクスティング(nexting)」と名づけたものにすぎない。すなわち、「現在」に「過去」の要素を少々加え、あたかも「未来」であるかのように作り上げたものだ。
本当の意味での「予期せぬできごと」(ナシーム・ニコラス・タレブが言うところの「ブラック・スワン」)は、私たちの脳が備える力のはるか上を行く。だから、インターネットや多機能携帯電話、2008年の世界金融危機、出版界に衝撃を与えたベストセラーなどを誰も予測できなかったのだ。
人間が未来を予測できないとするならば、まだ世に出していない新しいブランドを購入するか否かを、消費者アンケートで尋ねるのは愚かしいことだとわかるはずだ。
[執筆者]
アンソニー・タスガル Anthony Tasgal
世界的に活躍するブランド・コンサルタント。英国公認マーケティング協会でトレーナーを、英国と中国の大学で講師を務める。著書に"The Storytelling Book" (LID Publishing)がある。
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