最新記事

音楽

紫の異端児プリンス、その突然過ぎる旅立ち

天才、奇人、悪趣味――様々なレッテルをパープルの煙に巻いて、音楽史にその名を残すアーティストがまた1人この世に別れを告げた

2016年5月11日(水)16時00分
ザック・ションフェルド(本誌記者)

天国へ 2002年、ニューヨークのマジソンスクエア・ガーデンでのコンサート Kevin Mazur-Wireimage/GETTY IMAGES

 嘘だろう、と今度も思った。第1報はアメリカ中部時間4月21日午前11時すぎのツイッター。詳細は不明だった。ペイズリーパーク(プリンスの自宅兼スタジオ)で人が死んだ、救急車が来た、ファンが集まっているぞ......。

 それでも私たちは、プリンスが死んだとは思わなかった。私たちの時代の集合意識の中で、プリンスは死ぬわけがない存在とされていたからだ。しかし、その建物のエレベーター内で倒れたのはプリンスその人だった。享年57歳。

 嘘だろう、「ビートに抱かれて」のビデオでバスタブに浮かぶ彼は、この世の人間とは思えなかったのに。

【参考記事】プリンスはポップス界のアイコンだった

 今年は伝説的なミュージシャンの死が続く。ファンは彼らが永遠には生きないと教えられた。みんな死ぬ。最もミステリアスな異次元のカリスマだって。

 もっとも、プリンスのファンなら「嘘だろう」感には慣れている。80年に性的倒錯感を炸裂させたアルバム『ダーティ・マインド』が出たときもそうだった。彼はすべての曲を書き、プロデュースし、歌い、あらゆる楽器を自分で弾いていた(ただし2つの楽曲のバックコーラスとシンセサイザーを除く)。

 大きな反響を呼んだアルバム『ダーティ・マインド』『戦慄の貴公子』『1999』『パープル・レイン』を、4年足らずのうちに連続して発表したときも「嘘だろう」と思った。

 まだある。07年のスーパーボウルのハーフタイムショーに登場してメドレーを披露し、締めくくりの「パープル・レイン」をパープルの人工雨にぬれながら歌い上げたときも、「嘘だろう」と思った。誰だって、あれは史上最高のハーフタイムショーだと認めるはずだ。

 副大統領夫人に納まる前のティッパー・ゴアも、娘が聴いていた「ダーリン・ニッキー」(『パープル・レイン』に収録)の歌詞が耳に入ったとき、「嘘でしょ」とつぶやいたらしい(もちろん、褒め言葉ではない)。何しろ内容は超露骨で、ニッキーという女性との一夜を歌ったもの。怒ったティッパーは、際どい歌詞に目を光らせる組織「ペアレンツ・ミュージック・リソースセンター」を設立したのだった。

 プリンスのセクシュアリティーは過剰でショッキングだが、人を励ましもした。同性愛でも異性愛でもいい、自分のセクシュアリティーに正直であれ。それが彼のメッセージだった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

IT大手決算や雇用統計などに注目=今週の米株式市場

ワールド

バンクーバーで祭りの群衆に車突っ込む、複数の死傷者

ワールド

イラン、米国との核協議継続へ 外相「極めて慎重」

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中