最新記事

アイスランド

パナマ文書に激怒するアイスランド国民の希望? アイスランド海賊党とは

2016年4月11日(月)15時45分
Rio Nishiyama

海賊党の理念―「批判的思考」と「オープン・スペース・テクノロジー」

 しかし、この「みんなが参加できるボトムアップの政策決定」は誰もが発言権を持つというその特徴ゆえに、党内のカオスや内部分裂の危険性を常にはらむ。実は、これこそがスウェーデンやドイツ海賊党の凋落の原因でもある。ボトムアップで政策決定をする場合、たとえば極端な右派の人と極端な左派の人が同じテーブルで議論を重ねなければならないが、そうなると結局話し合いが折り合わず、声の大きい人が勝つか、もめて個人バッシングにつながっていきがちなのである。これは過去の様々な海賊党が嵌ってしまった罠とも言えよう。

 そのような事態を防ぐために設けられているのが、アイスランド海賊党のコア・ポリシーでもある「批判的思考」だ。アイスランド海賊党はこの「批判的思考による政治決定」をコア・ポリシーの第一条に掲げており、その次に「市民権」「プライバシーの権利」「政治の透明性」などが挙げられている。

コア・ポリシー全訳はこちらに

 「批判的思考」とは、文章では「その政策の是非に関係なく(偏見なく)集められたデータと知識をもとに政策を決定すること」と説明されているが、その意味はこれだけに留まらず、アイスランド海賊党の政策議論の根本理念としても成り立っている。つまりそれは、議論において発言者はなにを言ってもよく、参加者はどんな発言も受け入れなければならない。ただし、発言者は同時にその発言の論理的なバックアップを常に求められ、参加者も発言者の属性やバックグラウンドではなく、その発言自体の論理性のみを追求すべしという考え方だ。

 究極的なことを言えば、たとえばアイスランド海賊党の国会議員はアイスランド海賊党の決定に従う必要はなく、自分の考えに則って自由に発言し、投票ができる。そして党員はそれに文句を言ってはいけない。ただし、国会議員はつねに、自分の発言や自分の投票行動を論理的に説明し、正当化しなければならない。それがアイスランド海賊党の「批判的思考」の実践なのである。

policitalPPIS.jpeg

アイスランド海賊党の政策会議の様子。(Photo by Rio Nishiyama, CC0 1.0)


 もう一つ、アイスランド海賊党が議論に用いているのは、「オープン・スペース・テクノロジー」のメソッドだ。

 オープン・スペース・テクノロジーとは、参加者が主体的にアジェンダを設定し、議事を進めていくような議論のやり方で、参加者は自分の好きなセッションをみずから立ち上げ、それらに自由に参加し、また離脱することができる。このやり方によって政策決定に参加者の自主性・自律性がうながされる。アイスランド海賊党はこのやり方をほとんどの政策議論に用いているのだという。

 「批判的思考」によって政策の論理性・妥当性を担保し、かつ「オープン・スペース・テクノロジー」の議論運営によって参加者の自立性を確保する。見えてくるのは、アイスランド海賊党の人気の秘密は「どんな政策を」(What)訴えるかではなく、まずその根底にある「どのようにして」(How)政治を運営するか、に焦点を当てた党方針にあるということだ。そしてそれは、今日の民主政治において、「どのようにして」政治を運営するか、という根本的な問題がいかにないがしろにされてきたかを裏付けるものでもある。これは必ずしも、アイスランドの政治に限った話ではないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中