最新記事

BOOKS

今も日本に同化できずにいる中国残留孤児たち

2016年2月12日(金)17時41分
印南敦史(書評家、ライター)

「一世と二世では、日本で体験することも考えることも違う。一世は恵まれているよ。生活保護(現在では生活支援金)を貰える。国がなんとかしてくれると思っている。大変なのは、二世。なじめないし、仕事がない。二世は自分の努力。それで全部、決まる。二世で生活保護を受けている人もいるけども、普通は恥ずかしいからと受けない」(100ページより)

 二世を取り巻く現実が引き起こした悲劇として、本書でクローズアップされているのが、2012年4月29日に群馬県藤岡市の関越自動車道で起きた高速バス事故だ。7名が死亡し、運転手を含む39名が重軽傷を負ったその事故は大きな衝撃を与えたが、運転していた河野化山(こうのかざん)容疑者が中国残留孤児二世だったことに注目し、著者はそこから二世の現実を掘り下げているのである。

【参考記事】バス事故頻発の背景にある「日本式」規制緩和の欠陥

 たとえば、居眠り運転をした河野が、居眠りを描写する「うとうと」という日本語自体を知らなかったという事実ひとつとっても、この事件と、中国残留孤児二世の置かれた現実を間接的に描写しているように思える。


 完ぺきに日本語を理解してはいないが、言葉のニュアンスや日本人の受け止め方は会得している。中国人らしいようで日本人らしい。日本人のようでいて中国人のよう――。このつかみどころのなさこそが、彼の二重のメンタリティーを表しているようだった。(105ページより)

 1993年12月、24歳のときに両親の永住帰国に伴い日本にやって来た河野は、大型第二種免許を取得してバス会社で働いたのちに独立。「まじめに事業をしたかった」という思いから中古バス5台を購入し、バス事業をはじめようとする。しかし結果的には、日本人に騙されてチャンスを失ってしまうことに。そしてその後も幾つかのプロセスを経て、そのバスに乗ることになったのだった。

 事故を起こした際の運転は、忙しいので無理ですと断ったというが、世話になっていた人から「しっかり働かないと、借金を返せないよ」と説得されたため断りきれなかったのだという。だからといって彼を擁護することはできないけれども、中国残留孤児二世の現実がもたらす裏側の部分にも、私たちは目を向ける必要があるだろう。こちらが考えている以上に、残留孤児問題は根深く、そして複雑なのだ。

 さらにいまは、「おじいちゃんは残留孤児なんだよ、としか聞いたことない。だから、『へえー、そうなんだー』って思っただけ」というような残留孤児三世も育っている。70年もの時間が経過すればそれはむしろ自然なことで、だから「中国残留孤児の家」で帰国者と日本人の橋渡しをしているという宮崎慶文氏は、自ら創作した三部作の舞踏劇を通じ、中国残留孤児たちの体験を語り継いでいきたいのだという。


「戦後百年のときにはもう残留孤児はいないよ。生きていないよ。七十年の今年が最後のチャンスですよ。だから、日本でも、中国でもやりたいんですね」
 慶文はそう語った。いつもの少し怒ったような、少し悲しいような没法子(メイファーズ ※筆者注:中国語で「仕方がない」の意)の顔つきで――。(297ページより)

 戦後百年のときにはもう残留孤児はいない。シンプルなその言葉は、「考えるべきことをきちんと考えろよ」と頬を叩かれたような衝撃を私に与えた。まだまだ考えが足りない部分を、鋭く指摘されたような気分だったのである。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『中国残留孤児 70年の孤独』
 平井美帆 著
 集英社インターナショナル

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中