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総選挙

【台湾現地レポート】ミュージシャン出身委員も誕生させた民主主義の「成熟」

2016年1月18日(月)15時12分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

新興政党「時代力量」の議席数以上のインパクト

 すでに報じられているとおり、今回の選挙では野党が圧勝した。総統選では蔡英文候補が689万4744票を獲得。2012年に馬英九総統が獲得した票数を約3600票上回り、台湾史上最多となった。

 蔡英文候補の勝利はある程度予測されていたものだったが、立法委員選挙の結果はサプライズと言えるかもしれない。民進党は113議席中68議席と単独過半数を獲得。蔡英文氏と民進党は改革のためにフリーハンドの権力を得たことになる。

 また、新興政党の躍進もトピックとなった。フレディも所属する「時代力量」は比例区で2議席、個人区で3議席を獲得。一躍、第三党に躍り出た。個人区ではいずれも国民党のベテラン議員と一騎打ちを制しての勝利となっただけに、そのインパクトは議席数以上のものがある。

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15日の民進党集会で、会場に入りきらず脇から声援を送る人々(高口健也撮影)

 野党勢力の雪崩式圧勝という結果だけを見ると、熱狂的ムードでの選挙だったかのように思われる。しかし不思議なことに投票率は65%と前回から約10ポイントの低下で史上最低だった。台湾総統選の投票率は年々低下している。今回は歯止めがかかるのではとの観測もあったが、むしろ落ち込み幅は過去最大だ。

 勝ち目がないとあきらめた国民党支持者が投票に行かなかったという要因もあるが、それだけではない。圧勝の裏にあったのは熱狂ではなく成熟だったのではないか。「国民党の対中接近に怒り」といった紋切り型の理解とは異なる姿がそこにはある。

 冒頭で紹介したフレディの支持者へのインタビューでも、中国という問題はあまり出てこなかった。むしろ既存の政治に対する不信感であったり、地元をよりよく変えてくれるのではないかという期待感だった。

 総統選でも同様だ。ワンイシューに意識が集中する熱狂ではなく、さまざまな個別具体的問題が意識される成熟が印象的だった。日本で大きく取り上げられる中国問題だけではなく、格差是正、成長確保、既得権益集団に対する不満、原発など他にも多くの論点があがっている。

 印象的だったのが1月2日に実施された総統選候補による討論会だ。国民党の朱立倫候補は基本給の大幅引き上げを約束し、給与アップが経済成長にもつながると力説した。蔡英文候補は「それが実現すればあなたはノーベル経済学賞を取れるでしょう」とピシャリ反論。給与をどれだけあげる、GDP(国内総生産)をどれだけ増やすといった数字目標は示さなかった。討論会の評価は蔡英文候補に軍配があがった。人気取りのための空手形が見透かされたと言える。

かつて台湾選挙といえばお祭り騒ぎだったが

 台湾現地を取材して強く感じたのは「成熟」だった。台湾の選挙といえばお祭り騒ぎで、なにか大変なことが起きるのではないかというムードが漂っている......。これは先輩から伝えられた話だが、今や状況は大きく変わった。台湾のメディアは相変わらず熱狂を演じているが、人々から聞く話や政策からは落ち着きが感じられる。

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