アラブ「独裁の冬」の復活
その後もシシは、いわゆるイスラム主義者に対してエジプト史上最も厳しい弾圧を行ってきた。反政府勢力を片っ端から政治犯として収監し、不都合な人物を消し去り、街頭に繰り出す者は皆殺し。そんなシシは「典型的な独裁者」だと、ロンドンのシンクタンク王立国際問題研究所の上級研究員ジェーン・キニンモントは言う。「議会の選挙はやっているが、今どきの独裁者は選挙くらいやるものだ」
シシ体制を容認する欧米
エジプトだけではない。チュニジアというわずかな例外を除けば、アラブの春が過ぎた諸国では安定した民主的システムへの移行が滞っている。
最悪なのはシリアだ。民衆の蜂起は血みどろの内戦に発展した。反政府勢力の乱立にISISが加わり、さらにアサド政権を支援するロシアも介入して、状況は一段と混迷を深めている。終わりは見えず、バシャル・アサド大統領はまだ権力にしがみつこうとしている。
リビア民主化の期待も裏切られた。NATO(北大西洋条約機構)軍は独裁者ムアマル・カダフィを追放するため、11年に反政府勢力を支援した。だが独裁者を排除した後のリビアは混乱に陥り、イスラム過激派の巣窟と化した。対抗する2つの勢力が国の支配権を争っているが、国際社会の承認する世俗派の政府は首都トリポリを追われて、東部の主要都市トブルクに退去している。
国連がリビア統一の調停を試みるなか、力を増しているように見えるのが退役将軍のハリファ・ハフタルだ。彼はムスリム同胞団や他の武装組織に対する軍事作戦を指揮し、リビア全域で「テロリズムと戦う」と誓って議会の支持を得ている。
ハフタルはエジプトの手本に倣い、あらゆるイスラム主義者を悪役に仕立てようとしている。そして武装勢力をたたき、秩序を回復する必要性を強調する。シシ将軍と同じだ。「彼は人々の不安感に訴え、秩序崩壊への恐れを利用している」とブルッキングズ研究所のハミドは言う。「どこの独裁者も同じだ。『見ろ、これがアラブの春の末路だ』と叫んでいる」
アラビア半島では、昔から宗派対立の激しいバーレーンの情勢が懸念される。人口の60%を占めるのはシーア派だが、君主は少数派のスンニ派だ。11年に起きた民主化運動も、スンニ派の盟主サウジアラビアの手を借りてたたきつぶしている。
バーレーンはアメリカの同盟国で、中東での米軍の活動に不可欠な海軍基地がある。理想よりも実利を重視するのはアメリカの中東政策の伝統だから、「オバマもバーレーンには口を出さない」とキニンモントは言う。「(それでも)あの国の人権抑圧はひどい。民主主義を装うこともせず、民主主義はこの地域に合わないと公言している」