最新記事

エジプト

アラブ「独裁の冬」の復活

2015年12月8日(火)18時00分
ジャニーン・ディジョバンニ、ノア・ゴールドバーグ

 その後もシシは、いわゆるイスラム主義者に対してエジプト史上最も厳しい弾圧を行ってきた。反政府勢力を片っ端から政治犯として収監し、不都合な人物を消し去り、街頭に繰り出す者は皆殺し。そんなシシは「典型的な独裁者」だと、ロンドンのシンクタンク王立国際問題研究所の上級研究員ジェーン・キニンモントは言う。「議会の選挙はやっているが、今どきの独裁者は選挙くらいやるものだ」

シシ体制を容認する欧米

 エジプトだけではない。チュニジアというわずかな例外を除けば、アラブの春が過ぎた諸国では安定した民主的システムへの移行が滞っている。

 最悪なのはシリアだ。民衆の蜂起は血みどろの内戦に発展した。反政府勢力の乱立にISISが加わり、さらにアサド政権を支援するロシアも介入して、状況は一段と混迷を深めている。終わりは見えず、バシャル・アサド大統領はまだ権力にしがみつこうとしている。

 リビア民主化の期待も裏切られた。NATO(北大西洋条約機構)軍は独裁者ムアマル・カダフィを追放するため、11年に反政府勢力を支援した。だが独裁者を排除した後のリビアは混乱に陥り、イスラム過激派の巣窟と化した。対抗する2つの勢力が国の支配権を争っているが、国際社会の承認する世俗派の政府は首都トリポリを追われて、東部の主要都市トブルクに退去している。

 国連がリビア統一の調停を試みるなか、力を増しているように見えるのが退役将軍のハリファ・ハフタルだ。彼はムスリム同胞団や他の武装組織に対する軍事作戦を指揮し、リビア全域で「テロリズムと戦う」と誓って議会の支持を得ている。

 ハフタルはエジプトの手本に倣い、あらゆるイスラム主義者を悪役に仕立てようとしている。そして武装勢力をたたき、秩序を回復する必要性を強調する。シシ将軍と同じだ。「彼は人々の不安感に訴え、秩序崩壊への恐れを利用している」とブルッキングズ研究所のハミドは言う。「どこの独裁者も同じだ。『見ろ、これがアラブの春の末路だ』と叫んでいる」

 アラビア半島では、昔から宗派対立の激しいバーレーンの情勢が懸念される。人口の60%を占めるのはシーア派だが、君主は少数派のスンニ派だ。11年に起きた民主化運動も、スンニ派の盟主サウジアラビアの手を借りてたたきつぶしている。

 バーレーンはアメリカの同盟国で、中東での米軍の活動に不可欠な海軍基地がある。理想よりも実利を重視するのはアメリカの中東政策の伝統だから、「オバマもバーレーンには口を出さない」とキニンモントは言う。「(それでも)あの国の人権抑圧はひどい。民主主義を装うこともせず、民主主義はこの地域に合わないと公言している」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中