最新記事

エジプト

アラブ「独裁の冬」の復活

民主化の機運をたたきつぶした強硬なシシ大統領は、テロの危機に乗じて国際的な地位を固めようとしている

2015年12月8日(火)18時00分
ジャニーン・ディジョバンニ、ノア・ゴールドバーグ

分裂した国民 シシの肖像を掲げる反モルシ派のデモ参加者(13年7月)

 威風堂々という言葉がぴったりだった。先にバーレーンの首都マナマで開かれた中東地域安全保障会議で、基調演説に立ったのはエジプト大統領のアブデル・ファタハ・アル・シシ将軍。屈強な護衛兵を従えた将軍は居並ぶ各国要人やアメリカ政府高官を前に、シリアやイエメン、リビアの治安回復に果たすべきエジプトの役割についてとうとうと述べ立てたのだった。

 だが生粋の軍人であるシシが最も懸念していたのは、この地域における武装集団の台頭だ。「国家と法治主義が武装勢力によって脅かされている」と、彼は強調した。エジプトの観光地を飛び立ったロシアの旅客機がテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の仕掛けた爆弾で破壊され、乗客・乗員が全員死亡したのは、その翌日のことだ。

 マナマでドイツの国防相らと会談したシシは本国に取って返し、ロシア機墜落の状況を把握した後にイギリスを公式訪問した。欧米諸国はシシに対して長らく懐疑的だったが、今回の訪英によって、エジプトは国際外交の表舞台への復帰を果たしたと言えるだろう。

 シシはイギリスで、エジプトの民主主義は「建設途上」にあると語った。楽観論に立てば、中東地域全体についても同じことが言えるだろう。だが悲観論に立てば、むしろ中東の民主主義は破壊の途上にあると言いたくなる。

 4年前には、確かに民主主義の建設が始まっていた。チュニジアの若者が市当局の嫌がらせに抗議の焼身自殺を図ったことをきっかけに、中東各地で圧政に抗議する人々が街頭に繰り出したのは2011年初頭のこと。アラブの春の始まりだった。長らく軍人や王族による専制支配が続いたこの地域に、ようやく民主主義が芽吹く。そんな期待が高まっていた。

 今年のノーベル平和賞はチュニジアの民主化に貢献した人権団体に贈られた。だがそれは近隣諸国で独裁が復活するなか、なんとしてもチュニジアの民主化だけは維持しようという絶望的な試みに見えた。

 希望を絶望に変えたのはエジプトの状況だ。

 シシが軍隊を動かして、民主的に選ばれたムハンマド・モルシ大統領(当時)を更迭し、ムスリム同胞団の指導者たちを逮捕したのは13年の7月3日。あの日、「アラブの春は確実に終わった」と米ブルッキングズ研究所の上級研究員シャディ・ハミドは言う。「あれでエジプト以外の国々でも、独裁者が強硬な手段を取り始めた」

 シシ政権はすぐに反政府デモを禁止した。クーデターの1カ月後には治安部隊が、首都カイロで1000人近いデモ参加者を殺害。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば「1日のデモ参加者殺害数としては近年まれに見る規模」だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中