最新記事

エジプト

アラブ「独裁の冬」の復活

2015年12月8日(火)18時00分
ジャニーン・ディジョバンニ、ノア・ゴールドバーグ

 サウジアラビアの人権侵害もひどいが、やはりアメリカの重要な同盟国だ。ならばシシ将軍の人権無視にも目をつぶり、エジプトを仲間に加えてもいいのではないか。欧米諸国はそう考えたらしい。

 アメリカは既に、ISISと戦う国を支援するためとの理由で、クーデター後に中止していたエジプトへの軍事援助を再開している。欧州諸国もシシ体制を容認する方向に傾き、フランスはせっせと武器を売り込んでいる。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表はこの状況について、シシはアラブ独裁者の復活だけでなく「その力の強化を象徴している。シシの人権抑圧は(アラブの春で政権を追われた)ホスニ・ムバラク元大統領よりもひどい。そんな彼を受け入れるという欧米諸国の対応は言語道断だ」と指摘する。

 欧米社会で機能している民主主義はアラブ世界にふさわしくない──そう考える人が中東地域の内外で増えている。サウジアラビアの首都リヤドにあるシンクタンクに所属するマジェド・ビン・アブドルアジズ・アルトゥルキに言わせれば、欧米が自分たちの価値観を押し付けるのは間違いであり、そのような試みは「植民地主義」だ。

 キニンモントのみるところ、シシは自らを国の守護者、国際テロと戦う者と位置付けることでエジプト国内の支持を得ている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も同様だ。「民主主義よりも治安が大事、家族が安全に暮らせるほうがいい。そう考える人もいる」とキニンモントは言う。

体制の変化は内側から

 03年の米軍主導のイラクへの介入以来、いまだに続く政治的混乱と宗派間抗争も、治安優先の思いを強めている。「アラブ世界に全体主義の長い伝統があることには多くの理由がある」と言うのは、ロンドン大学キングス・カレッジのエマニュエル・カラギアニスだ。

 歴史的に部族的かつ封建的な社会では、メディアや司法、警察に対する国家統制や女性の抑圧を通じて、独裁者や王族による支配が維持されてきた。そのような社会には腐敗と縁故主義が蔓延し、たいていは軍隊が最も強力な組織となる。

「また国家統制経済の下では特定の産業しか育たず、広範な中産階級が形成されない」ともカラギアニスは指摘する。「そして中産階級がいなければ民主主義は育たない」

 非アラブ圏の人権団体がいくら非難の声を上げても、アラブ社会に民主主義を広めることは難しい。カラギアニスによれば、民主派の活動家が欧米から援助を受ければスパイと疑われかねない。だから中東に民主的な変化をもたらすには、それが内部から発生するのを待つしかない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中