最新記事

中国社会

病院という名の強制収容所

2012年10月3日(水)15時55分
ポール・ムーニー(北京)

 CHRDの報告書には、抗議デモの写真を撮った男性が当局の手で精神科病院に入院させられた事例が紹介されている。裁判所は当局による強制入院の判断を支持し、写真の撮影は「公的秩序を乱す」行為であり、診断のために男を精神科病院に入れた警察は、法の定める義務を果たしただけだと述べた。

 CHRDによれば、正式な手続きを踏んで地方政府に対する不満を上部機関に訴える「陳情者」は政治的迫害の標的になりやすい。今回の報告書の調査を担当した中国のある人権NGOは、彭新蓮(ボン・シンリエン)という陳情者の家族から話を聞いた。それによると、看護師長は彭に心理社会的障害がないことを認めたが、退院はできないと告げた。病院側の言い分によれば、「今は病気ではないが、後で病気にならない保証はない」からだ。


法的救済は期待できない

 報告書はさらに、当局によって強制入院させられた「患者」の多くは陳情者や反体制派、活動家であり、その中には政府批判で有名な人物も含まれていると指摘する。入院後、彼らが強制的な薬物療法とショック療法を受けさせられるケースもよくあるという。

 報告書によると、ある精神科病院に拘禁されている2人の陳情者の面会に訪れた人権派弁護士の劉士輝(リウ・シーホイ)は、政府への陳情を取り下げない限り2人は退院できないと看護師に言われた(劉はこの場面を動画に録画した)。

 現在の中国には、強制入院を法的に監督する法律も省令もない。強制入院を部分的に規制する国内法はいくつかあるが、その規定は曖昧だと、報告書の調査担当者は口をそろえる。

 そのため拘禁した病院や強制入院の決定をした人間を患者が告訴しても、裁判所はなかなか訴えを受理しない。警察などの公的機関が拘禁を命じた場合は特にそうだと、CHRDは言う。

 報告書によれば、精神科病院に拘禁された人々に法的支援を提供しようとする弁護士は、たいてい患者との接触を禁じられる。脅迫を受けるケースも少なくないという。

 患者の意思に反する拘禁が数カ月から数年も続く間、裁判がずるずると引き延ばされる場合もある。そのため法廷の審理が始まる前に原告が病院内で死亡する事例も何件かあった。

 報告書には、13年間も精神科病院で過ごした男性のケースが紹介されている。この男性はある有名な中国企業に雇われていたが、「妄想型統合失調症」という理由で会社側に強制入院させられた。入院先の北京のある病院は退院を許可したが、入退院の決定権を持つ会社側が拒否したらしく、男性は結局、病院内で亡くなったという。

 現在の中国には、精神衛生上の問題に適切に対処する法律が存在しない。政府は昨年、精神衛生法の草案を発表したが、中国の国会に相当する全国人民代表大会はまだ法案の審議を終えていない。採決がいつ行われるかは不明だ。

 この問題の背後にあるもう1つの要因は、80年代に始まった一部の精神科病院の民営化だ。これによって裕福な個人や組織は病院に金を払い、排除したい人間を拘禁させることが可能になったと、報告書は指摘する。

 CHRDの報告書は中国政府に対し、次のような措置を求めている。強制入院に関する地方政府の条例の撤廃、精神障害者が関係する裁判を行う法律家の訓練、人権擁護を強化するために精神科病院の監視、そして虐待に法的責任がある人間の拘束と、地域社会に根差した精神障害者に対するケアの推進だ。

[2012年9月12日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中