私が見たシリアの激戦区ホムスの現実
反体制派と政府軍の激しい攻防が続く都市ホムスを極秘に訪れたジャーナリストが目撃した市民の過酷な日常
戦場と化した町 激戦が続くホムスの市街地には、破壊されて放置された武装車両も(1月23日) Ahmed Jadallah-Reuters
青年の口ぶりが変わった。シリアの首都ダマスカスから中部の都市ホムス行きのバスに乗り込んだ私に、18歳のモハメドは決然と言った。「降りな、このバス、降りなきゃ」
5分前に知り合ったばかりだった。荷物を積み込む際に一緒になり、後ろの座席に並んで座った。縮れた黒髪にフード付きカーディガンを着込んだ青年は、昔のフォーク・ミュージシャンみたいだった。
「なぜホムスなの?」
青年は何度も尋ねた。別に、ただあちこちを旅しているだけさ。私はそう答えた。
モハメドの顔が曇った。無理もない。ホムスはシリアのバシャル・アサド政権に対する反乱の拠点であり、今は治安部隊との暴力的な衝突が続く非常に危険な場所だ。
こちらにも、自分の身分を明かせない事情があった。ジャーナリストは原則としてシリア入国を禁じられており、たとえ入れても自由には歩き回れない。ホムス行きのバスに乗ることも、許されるわけがない。私はこの青年をトラブルに巻き込みたくなかった。
「ホムスで観光? そんな人いない」と青年は言い、しばし私に不審の目を向けた。こいつ、何者なんだというように。
バスのエンジンの回転音が上がった。青年の口ぶりが変わったのはこのときだ。「あなた、危ない。降りな、このバス、降りなきゃ」。この瞬間、青年は私が狂っているか、さもなければジャーナリストだと気付いたのかもしれない。
乗客の目がこちらに集まり始める。でも、みんな老人ばかりだ。バスは発車し、私は肩をすくめた。だがモハメドは真剣だ。「まだ降りられる。すぐ降りなきゃ」
それから2時間、私たちは話し込んだ。たぶん私が外国人だからだろう、モハメドは気を許して、あれこれとしゃべりだした。自分はホムスに住み、大学でエンジニアリングを学んでいるが、反政府デモが始まってからは大学に通うこともできないという。
ホムスは人口100万人ほどの都市だ。ダマスカスの喧騒を避けた人たちがカフェやレストランでくつろぎ、サッカーを観戦しに集まるところだ。
だが今年3月、経済的な不公平に不満を抱き、さらなる政治的自由を求める人たちが立ち上がり、軍が銃と弾圧で応じた。以来、ホムスは軍に包囲されたような状況にある。街の至る所で知り合いが殺されたり、負傷するといった事件が起きている。「昨日、僕の妹は道で死体を見た。それからずっと泣いていた」
ババ・アムル地区のことか、と私は聞いた。そこで爆破されたビルや死体の動画がインターネットに投稿されていた。モハメドは言いたいことが伝わらないことにいら立ちながら、言い張った。「いや、そこじゃなくて、どこでもそうなんだ。今に分かる」