世界を挑発する派手好きディーバ
劇場のトイレ掃除係から大スターに上り詰めたアンナ・ネトレプコのきらびやかで素朴な素顔
スター誕生 05年のザルツブルク音楽祭で『椿姫』のビオレッタ役を演じ一躍スターに Leonhard Foeger-Reuters
「オペラ歌手って退屈な人が多いの。もっと人生を楽しんでほしい。もっと......もっと......」
世界一有名なオペラ歌手アンナ・ネトレプコは言葉に詰まった。もっとゴージャスに? もっと社交的に? それがほとんどのオペラ歌手にはなくて、彼女がたっぷり持ち合わせているものだろうか。
ネトレプコは少なくともドイツとオーストリアで、ビヨンセより多くのアルバムを売り上げている。08年にはオンライン誌ミュージカル・アメリカの最優秀アーティスト賞を受賞。プレイボーイ誌の「クラシック音楽界で最もセクシーなベイビー」にも選ばれ、ポップスターの人気を持つオペラ歌手という地位を築き上げた。
だがネトレプコの特徴を最もよく言い表しているのは、彼女自身がお気に入りの言葉「ラズルダズル(きらびやかな)」だろう。より正確には、彼女がロシア語なまりの英語で言う「ラララァァァズズゥルル・ダズズズズルル」だ。
アルプスの美しい山々と紺碧の湖を望むホテルのテラスで、ネトレプコはラズルダズル論をまくし立てた。私が飲み物を注文すると、彼女は私の手を握り、声を押し殺して言った。
「注意したほうがいいわよ。昨日の夜ちょっと飲もうと思ってここに来たの。シュナップスを注文したら、ものすごく小さいのを運んできた。本当に小さいのよ! 『そんなの飲み物じゃない。ダブルサイズにして』と言うと、ダブルを運んできたけどそれも小さい! だから『トリプルにして』と言ったの。それでようやく普通のサイズ。ところが伝票を見たら150ユーロって書いてあるじゃない! シュナップスによ。ただのウオツカみたいなものなのに!」
ネトレプコの会話を普通の文章で表現するのは不可能だ。フェースブックの書き込みみたいに、「!!!」とか「??!!」といった感情記号や絵文字を駆使しないと伝わりそうにない。
上品そうな少女がサインをもらいに来た。ネトレプコは大喜びだ。「うふふ」と彼女は笑った。「私って有名でしょう!」
第二の祖国ともいえるオーストリアとドイツで、ネトレプコはどこに行っても振り向かれる有名人だ。オペラ歌手としてだけでなく、シャンプーの広告に出てくる色気むんむんの黒髪のスターとしても知られている。
彼女が「グラビア系」として騒がれるようになったのは、05年のザルツブルク音楽祭で『椿姫』の高級売春婦ビオレッタを演じてから。胸元が大きく開いた赤いサテンのドレスを着て、ネトレプコは足を組み替え、蹴り上げ、指をかみ、色気たっぷりの挑発的な視線を聴衆とオーストリア全土(国営テレビで生放送されていた)に投げ付けた。
すぐにオーストリアは彼女に市民権を与えた。市民権授与の重要な基準となるドイツ語を、ネトレプコがまったく話せないにもかかわらずだ。「(オーストリア人は)一度好きになった相手はずっと好きでいてくれるみたい。ウィーンは素晴らしい。飛行機に1時間乗ればヨーロッパ中どこにでも行けるし!」