世界を挑発する派手好きディーバ
当初はミュージカル志望
ウィーンとニューヨークとサンクトペテルブルクに自宅を持ち、年60回の公演をこなすネトレプコは、世界中を飛び回っている。3歳の息子ティアゴをできるだけ同伴し、パートナーであるウルグアイ生まれのバリトン歌手アーウィン・シュロットと一緒の時間もつくっている。シュロットも映画俳優のようなルックスで、女たらしのドン・ジョバンニがはまり役だ。
ネトレプコはオペラ歌手を目指していたわけではない。「オペラの勉強を始めたのは、女優より競争が激しくなかったから。本当はモスクワで活躍するミュージカル俳優になりたかった」
だが地方出身の彼女が、モスクワのエリート演劇学校に入れる可能性はほとんどなかった。「有力なコネか、先生か監督の特別な理解がないと無理!」
「特別な理解?」
「彼らと寝るってことよ!」
ロシア人が聞けば、ネトレプコが地方出身であることはすぐに分かる。彼女のロシア語は南部のクラスノダール地方のなまりが丸出し。大都市ではジョークのネタになるほどで、ネトレプコもサンクトペテルブルクでの学生時代にからかわれた。
ネトレプコの性格、好み、そして声も、クラスノダールで培われたものだ。そこは雪に覆われた暗い土地というロシアのイメージとは全然違う。
名産品はエメラルド色と朱色の派手なショール。北部ではキャベツのおかゆみたいなボルシチも、クラスノダールではガチョウ肉と甘いトマトが入った真っ赤なスープになる。「私はクラスノダール人だから、カラフルなものやゴージャスな衣装が大好き。派手なほどいい」
クラスノダールはワインの産地でもある。ネトレプコは地質学者の父が営むワイン園で甘いワインをすすり、木登りをし、ボリウッド映画を見て育った。アルプスのホテルのテラスで、彼女は胸の前で手を合わせると、首を左右に揺らしてボリウッド映画をまねてみせた。
ロシアの反応は冷ややか
ゴージャスな美人が多いことで知られるロシアでも、クラスノダールは最高峰だ。アルメニア人、ユダヤ人、アディゲ人、ロマ人、スラブ人が殺戮と性交の果てにソフィア・ローレン似の女たちを生み出してきた。ネトレプコ並みの美人はざらだ。「クラスノダールでは私なんか見向きもされなかった。地元の男たちの好みじゃないから」
クラスノダールはロシアが辛うじて黒海に接する場所に位置する。つまり憧れの地中海への入り口で、これもドイツ人がネトレプコを崇拝する一因になっている。ゲーテの『イタリア紀行』以来、ドイツ語圏の人々は栗色の髪の女が住むイタリアに恋い焦がれてきた。ネトレプコはイタリア人の代わり、それもドイツ語圏で暮らしてくれるイタリア人なのだ。