最新記事

英王室

アイルランド積年の相克を鎮めた英女王

数世紀に渡る血塗られた歴史に正面から向き合う勇気が、因縁の両国関係を新たなステージに導く

2011年5月19日(木)16時39分
コナー・オクレリー

遺恨を越えて アイルランド独立闘争で命を落とした兵士に献花したエリザベス女王(左、5月17日) Arthur Edwards-Pool-Reuters

 腰は少し曲がり、持ちものといえばハンドバッグと笑顔だけ。そんな85歳の女性が、大偉業を成し遂げた。今週、イギリス君主として100年ぶりにアイルランドを訪れたエリザベス女王が、イギリスとアイルランドが互いに歩み寄り、新しい関係を築くきっかけを作ったのだ。

 17日には首都ダブリンの追悼施設がある庭園を訪れ、アイルランド独立のために英国軍と戦い、命を落とした兵士に献花し、黙祷を捧げた。1世紀近くさまよい続けた兵士たちの霊も、これで安らかな眠りについただろう。

 アイルランド国民のほとんどは、イギリス君主が戦死したアイルランド人に敬意を表したり、1920年に英国軍が一般人14人を無差別に射殺したクローク・パークを訪れる日が来るとは夢にも思っていなかった。

 市民は、エリザベス女王がアイルランドのメアリー・マカリース大統領に伴われて献花するテレビ映像を、驚きと共に見つめていた。「言葉では言い表せない象徴的な意味がある」と、アイルランドのエンダ・ケニー首相は語った。

 そもそもエリザベス女王の公式訪問も、数年前には想像できなかったこと。イギリス領北アイルランドの帰属を巡って争い続けたイギリスとアイルランドの歩み寄りに加え、イギリス寄りのプロテスタント系組織とアイルランドとの統一を目指すカトリック系組織の停戦と和平プロセスが前進したからこそ実現した。「ようやく関係が正常化できた今、両国が真の意味で円満な関係になるよう願っている」と、アイルランド国立大学ダブリン校のマイケル・ラッフィン教授は語った。

 さらにアイルランドと北アイルランドにとって大きかったのは、エリザベス女王とマカリースがダブリンの戦争記念碑を訪れ、第1次大戦でイギリス軍として戦ったアイルランド兵士を、プロテスタント系とカトリック系の別なく称えたことだ。第1次大戦ではアイルランド人4万9400人が死亡。1921年の独立以降も、イギリス兵として戦ったアイルランド人の数は30万人に上る。

シン・フェイン党は「時期尚早」と一蹴

 花輪の献呈式には、北アイルランドのプロテスタント勢力でイギリスとの連合を支持する政治家たちも参列。イギリスのために戦った兵士を称える運動を続けてきたコラムニストのケビン・マイヤーズに言わせれば、今回の花輪献呈式はアイルランドが自国民にもイギリス人にも戦死者として同じ敬意を捧げることを受け入れ、「双方に光が当たった」瞬間だった。

 北アイルランドのピーター・ロビンソン首相は、戦争記念碑での式典はイギリスとアイルランドの間の亀裂というタブーを払拭する一歩になるとした上で、自国のカトリック強硬派シン・フェイン党の姿がなかったことは残念だと述べた。シン・フェインが参列すれば、プロテスタント系への敬意を示す「すばらしい機会」になっただろうと、ロビンソンは言う。彼はプロテスタント系強硬派である民主統一党(DUP)の党首だ。

 現在、シン・フェイン党はDUPと共に北アイルランド自治政府を主導する立場だが、アイルランドとの統一を諦めたわけではない。同党に所属する北アイルランドの第一副首相マーティン・マギネスは式典への招待を断り、エリザベス女王による公式訪問は「時期尚早」と切り捨てた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中