アイルランド積年の相克を鎮めた英女王
18日午後には、アイルランドとイングランドの関係を揺さぶりかねない出来事が待ち受けていた。エリザベス女王の90歳になる夫、エジンバラ公フィリップ殿下がクローク・パークを訪れたのだ。
8万2000席を擁するこの広大な競技場は、アイルランドのスポーツを推進する同国最大の団体「ゲーリック体育協会(GAA)」の本拠地。アイルランド人にとって忘れることのできない1920年の悲劇の舞台で、GAAのクリスティ・クーニー会長はじめアイルランド全土から集まったスポーツ界の名士たちは、英女王夫妻を暖かく歓迎した。クーニーは女王にGAAの歴史を説明し、フィリップ殿下にはアイルランドの国技、ハーリングで使うスティック状の用具を贈った。
歓迎の挨拶の中で、クーニーは「我々すべてを傷つけた多くの悲劇的な出来事」に触れ、「手を携えて暴力と憎悪に立ち向かう」アイルランド国民と政治家の決意を表明。「今回のご訪問はGAAにとって大変な名誉です」と述べて、和平プロセスのさらなる進展につながるとの期待をにじませた。
カトリック系組織のGAAが、北アイルランド在住のイギリス軍兵士と警察官に対するGAA主催のスポーツ大会への参加禁止を解除したのは、わずか10年前。今回も、GAA所属の有名選手の多くがスタジアムでの女王との謁見の招待を辞退し、英領北アイルランドの6郡を含むアルスター地方の9郡のうち、招待を受けて代表団を派遣したのは英領のダウン郡だけだった。
アイルランド名物のギネスビールには口を付けず
女王の来訪に備えて、スタジアム周辺の道路は何時間も前から封鎖されたが、大きなトラブルは起きなかった。英タイムズ紙は、この訪問を「エリザベス女王の長い統治の中で最も重要な外国訪問の1つ」と表現。週刊誌のスペクテーターも、女王が「ある種の歴史をつくった」と記した。
17日には女王の訪問に反対する数百人のデモ隊と警察がダブリンでもみ合う事件があったが、逮捕されたのは小規模な武装勢力の20人ほど。アイルランド史上最大規模の警備体制の一環で、ダブリン中心部に位置するトリニティ・カレッジなど女王が訪れる場所の周辺では、一般市民の立ち入りが禁止された。
エリザベス女王とアイルランドのケニー首相が政府のビル内で会談した際には、20世紀初頭の独立戦争の指導者マイケル・コリンズの肖像画が2人の頭上に飾られていた。
訪問のクライマックスは、18日夜に行われたマカリース大統領主催の晩餐会。デービッド・キャメロン英首相も出席した晩餐会の舞台となったのは、かつてイギリスのアイルランド統治を象徴する存在だったダブリン城だった。
もっとも、18日に立ち寄ったダブリンの観光名所、聖ジェームズ・ゲート醸造所で、エリザベス女王はアイルランドのすべてを受け入れる覚悟があるわけではないことを露呈してしまった。ギネスビール製造工場の見学ツアーに参加した女王は、グラスに並々と注がれたギネスビールを、丁重に辞退したのだ。